強迫症と嫌悪

強迫症(強迫性障害)
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強迫症は、かつては不安症、神経症と「不安」の病気だと考えられていましたが、近年は「嫌悪」の病気だと考えられています。今回は、この嫌悪に関しての強迫症の研究等をまとめていきます。

嫌悪とは?

嫌悪とは、毒素や毒物から人間を守るために進化してきた感情と言われています。有害な可能性のある物質を摂取しないようにし、病気を回避するという適応的な機能を持っています(Widen & Olatunji, 2016)。

洗浄強迫症は、手洗いなどの洗浄行為を主とする強迫症です。このタイプの強迫症は不安により洗浄行為を行う方もいますが、「嫌悪感」によって洗浄行為を行う方が多いことが特徴です。ちなみに、他の確認強迫などでも「嫌悪感」を訴える方は多いです。

強迫症の治療で「嫌悪」がなぜ大事なのか?というと、嫌悪という感情の性質がそれ独特の認知的特性を持っている点と、暴露に対する治療抵抗因子として知られているからです。

嫌悪と洗浄強迫

臨床的には、恐怖・不安を中心とする洗浄強迫症の方は、「病気にならないか不安」「感染するのが怖い」などのように、具体的な理由を明確に話せることが多いです。一方、嫌悪感が主体の洗浄強迫の方は、「汚い」「嫌」という感情のみで、その物質を嫌悪している理由については、「汚いから」「なんか嫌」などと感覚的な理由でしか説明できないことが多いです。

つまり、このような嫌悪を主体とする洗浄強迫症の方は、強迫症に特有の認知である、脅威の拡大視(恐ろしいことが生じる確率・その影響を高く見積もる)がみられないのです。さらに、洗浄強迫症に特有の共感呪術や精神性汚染などがみられることが多いです。

また、「嫌悪」には、「評価」というような認知的プロセスが関わっていることが指摘されています(Ludvik et al, 2015)。つまり、「これは嫌い」と評価したものが、「これは汚い」と変化していくのです。例えば、チーズの匂いと嘔吐物の匂いは非常に似ています。しかし、文化的に「よい/好ましい」と判断されるものは、「きれい」と評価され、文化的に「悪い/好ましくない」と評価されるものは、「きたない」と評価されます。このように、嫌悪は、文化的な影響を受けるのです。実際、洗浄強迫症の親に育てられた子どもは、親が「これは汚い」と評価した価値観を引き継いでしまいます。そのため、実際の臨床場面では、「これは、お母さんが、汚いと言ってたんですよね…」という言葉をきくことがよくあります。

嫌悪の発達

嫌悪感は、発達の途中で出現してくる感情であることが分かっています。特に5歳以前は、汚染を理解しておらず。大人からみると「汚い」と評価するようなものを気にしないということが実験的に確かめられています(Widen et al, 2016)。

嫌悪の神経生物学

恐怖と嫌悪の生理的指標を調べた研究から、恐怖が出現すると心拍が増加するのに対し、嫌悪は心拍数が減少するとされます。そのため、恐怖は、交感神経の活発化と関連しているが、嫌悪は副交感神経を介していると推測されています(Mason & Richardson, 2012)。

強迫症の病態としては、前頭葉—皮質下回路に関する神経ネットワーク仮説(OCD-loop仮説)が有名です。しかし、嫌悪に関する研究で指摘されるのは前島になります(Widen et al, 2016)。さらに、この前島の活性化は、確認強迫症の人では活性化していないことから、洗浄強迫症に特有の神経回路があるのではないかと言われています(Ludvik et al, 2015)。このような結果から、洗浄強迫症には、通常の強迫症と更に嫌悪の神経回路があるのではないか?と仮説されています。

ちなみに、嫌悪感情に対して、感情の中枢である扁桃体は関係がみられないようです。

嫌悪と強迫症

嫌悪に関する研究の中で、「嫌悪傾向(Disgust Propensity;DP)」と「嫌悪感受性(Disgust Sensitivity; DS)」が区別されるようになってきました。嫌悪傾向は、「嫌なことは避ける」「嫌なものを見つけるとお腹がいたくなる」といった、嫌悪感という感情に反応しやすい/体験しやすい傾向です。一方、嫌悪感受性とは、「嫌な気持ちになると気絶しそう」「吐き気がすると怖くなる」「気持ち悪いと感じると恥ずかしい」のように、嫌悪を恐ろしいものとして感じる傾向です(van Overveld et al, 2006)。

強迫症の重症度や治療の反応性は、嫌悪感受性だと言われていますが、様々な反論もあり、結論は出ていないようです(Ludvik et al, 2015)。ただ、臨床的には嫌悪感が強い方、恐怖感と嫌悪感が交じるような状態の方が、なかなか曝露に踏み出せない状態にあるように感じます。

嫌悪の治療戦略

嫌悪は、不安に比べて消去学習(曝露の効果)がの効果が少ないと言われています。そのため、いくつか、嫌悪感に対する暴露療法の修正案が言われています。

拮抗条件付け

かつて、暴露療法のもとになった系統的脱感作法には、筋弛緩(リラックス)と不安を交互に提示し、拮抗条件付けを行うことで治療をしていました。しかし、のちの研究で筋弛緩は必要がないことがわかり、拮抗条件づけは行われなくなりました。

しかし、嫌悪には「評価」という認知プロセスが関わっているため、この「嫌悪」という評価を覆すように拮抗条件づけを行うことが戦略としてあげられます(Mason & Richardson, 2012)。臨床研究はあまりありませんが、臨床的な実感としては、好きな刺激の中に嫌いなものを少しづつ入れることでこの拮抗条件付けを狙っていることがあります。例えば、ベトベトするおもちゃ(スライム)で遊ぶ、便に対して興味を持って一緒に調べる、音楽を聞きながら曝露をしてみるなどです。ただ、実際の感覚としては、嫌悪と拮抗条件付けをする刺激とのバランスが非常に難しく、そのバランスが崩れてしまうと、嫌悪感が広がってしまうという問題があります。

曝露をする中で刺激への価値観を変える

嫌悪感に対して曝露が全く効果がないわけではありません。曝露を繰り返し行うことで嫌悪感に対しても慣れが生じます。臨床的には、この「慣れ」を生み出すには刺激提示の時間よりも、刺激に触れる回数の方が重要のように感じます。

また、曝露を行う中で、刺激に対する価値観が変化していくことも分かっています(Mason & Richardson, 2012)。アナログ研究では、驚異に対する過大評価を再評価させること(つまり、行動実験を行い、自分の心配がそれほど起こらないことを確認させる)が有効であるとされていますが、実際の洗浄強迫症の方は、脅威の確率(病気になるかもしれない)よりも、嫌悪の感覚(病気になるとは思わないけれど、嫌だ)の方の方が割合としては多く、このような行動実験のような曝露に持ち込むことは難しいです。また、制止学習による曝露では、「どれくらい、刺激の強度が高いか?」を予測させ、「その予測がどれくらいあたっているか?」を評価してもらう予期の反駁を行うことがあります。時々、このようなやり方でうまくいくこともあります。「触ってみると、意外と平気だった」という感想が出てくるパターンです。

認知的な介入

嫌悪に関する有名な研究に、「滅菌されたゴキブリが浮いている水を飲めますか?」と聞く実験があります。この実験から分かるように、嫌悪感というのは、非論理的な感情になります。そのため、理屈によって嫌悪感を減弱させようとする試み(例えば、「○○は、感染しないから大丈夫」と説得する)は、あまりうまくいかないと予想されます。

このように通常の認知療法的な介入では上手くいかないため、いくかの別の認知的戦略がMason & Richardson(2012)によって紹介されています。

「概念の再構成」:嫌悪対象に対する概念を再構成するように促す。例えば、①「腐った牛乳」だと思っていたが、ヨーグルトだと知った、②嫌いな馬肉だと思っていたが、好きな牛肉だと分かった、③血液恐怖の患者に、血液を赤血球と白血球、血小板、血漿から構成される単なる物質として見るように説明する。さらに、生命維持のための特性など、血液の機能的な側面を考えてもらう。

また、「概念の再構成」の一つの方法として、血液恐怖の患者に、外科医のように手術の詳細を観察することで嫌悪感が減ることが報告されているそうです。臨床研究がありませんが、このような違う視点で嫌悪している対象を見てみることも役に立ちます。

「二次的評価に注目する」:「体についたら、二度ときれいにならない」「あんなに嫌いな思いをするなんて、対処できない」「吐いたら、恥をかくことになる」などの二次的評価を曝露や行動実験によって崩していく戦略です。

「嫌悪感受性に対してアプローチする」:嫌悪感受性は、ときに身体的感覚を媒介しています。そのため、身体感覚をマネージメントすることが役に立つかもしれません。臨床的には、このアプローチは役に立つような気がしています。強迫観念が出現した際に身体感覚が伴う方が多いからです。

「イメージの再構築」:トラウマの治療による想像曝露の中で「嫌悪感も減弱する」ことが分かってきました。そのため、繰り返し想像するとよいかもしれません。個人的には、催眠などの中で、イメージに操作を加えて多少、よくなることもあるかなという印象です。ただ、催眠の効果は残念ながら、永続的ではありません。また、「嫌いなものをやっつける」という意味付けを持つなど、既存のイメージにプラスした意味づけが起こると、嫌悪感を克服するモチベーションが上がることがあります。

まとめ

今回は、嫌悪に対する戦略などをまとめてみました。いくつかの認知的な介入が提案されていますが、臨床の中では、それほど、効果的な印象は残念ながらありません。ただ、嫌悪が文化的に作られているという心理教育をしたり、曝露の中で嫌悪対象に対する評価が変わるように促すことなどは役に立ちます。また、身体感覚に介入することで、曝露のハードルを下げるということも役に立つかなと思います。

参考文献

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  • Olatunji BO, Armstrong T, Elwood L. 2017 Is Disgust Proneness Associated With Anxiety and Related Disorders? A Qualitative Review and Meta-Analysis of Group Comparison and Correlational Studies. Perspectives on Psychological Science. 12(4):613-648. doi:10.1177/1745691616688879
  • Sherri C. Widen & Bunmi O. Olatunji 2016 A Developmental Perspective on Disgust: Implications for Obsessive-Compulsive Disorder. Current Behavioral Neuroscience Reports 3(3) DOI: 10.1007/s40473-016-0087-0
  • Bhikram T, Abi-Jaoude E, Sandor P. 2017 OCD: obsessive-compulsive … disgust? The role of disgust in obsessive-compulsive disorder. J Psychiatry Neurosci. Sep;42(5):300-306. doi: 10.1503/jpn.160079.
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  • Cisler JM, Olatunji BO, Lohr JM. 2009 Disgust, fear, and the anxiety disorders: a critical review. Clin Psychol Rev. 29(1):34-46. doi:10.1016/j.cpr.2008.09.007
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  • Mason, E. C., & Richardson, R. 2012. Treating disgust in anxiety disorders. Clinical Psychology: Science and Practice, 19(2), 180–194.
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