ADHDの行動を科学する

ADHD
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ADHDは神経発達症と言われ認知機能に関する障害があります。しかし、どのような症状があるかについて未だにいくつか誤解があるように思います。この記事では、ADHDの認知的特性について分かっていることをまとめていきたいと思います。

ADHDとは?

ADHDは、現在のところ不注意と多動・衝動性が中心の神経発達障であると定義されています。ADHDは注意欠如多動性障害と言われるように、注意に関する症状があります。

かつて、ADHDは注意が持続できない障害だと思われていました。しかし、それではADHDの行動の全てを説明することができません。現在のところ、最も説明力があると思うのは、Sonuga-Barke(2010)が出したTriple Pathway Modelだと思われます。しかし、Sonuga-Barke自身も言うようにこのモデルですら、ADHDの行動を全て説明できるわけではありません。そこで、この記事では、Coghill(2014)が出している、Triple Pathway Modelにさらに3つのコンポーネントをたしたモデルについて解説したいと思います。

抑制制御(不注意)

ADHDの1つ目の症状は「抑制制御」です。人間は、何かの活動をしている最中に別の刺激が入ってくると、その刺激に反応しないという対応をします。この「反応しない」という能力が抑制制御になります。ここに問題が生じると、「本来は、反応してはいけない刺激に反応する」という現象が起きます。

例えば、勉強をしている最中に、スマートフォンが視界に飛び込んできたとします。このとき、勉強を続けようとすれば、スマートフォンの視覚的な情報を処理せずに抑制する必要があります。しかし、この抑制制御が生じると、反応してしまうのです。

典型的な課題としては、Stroop課題を行います。Stroop課題では、下の図のような課題を使います。この図の左から、「文字の色」を答えてもらいます。このとき、この文字の形と色は食い違っています。そこで、文字を答えるときに、「文字の形」の情報を抑制して、文字の色を答える必要があります。ADHDではこのStroop課題などの抑制制御課題での成績低下が見られます。

この問題が、日常の中でどのような行動を引き起こすかと言うと…

  • 書き間違い、読み間違いなどのケアレス・ミス
  • 人の話をきいているはずなのに、内容を覚えていない聞きもらし
  • 集中が続かず。何かに反応してしまう
  • ものをよく無くす

などの行動が出現します。いずれも、本来集中するべき刺激以外の刺激に反応してしまうことにより生じるのです。

報酬遅延への嫌悪(多動・衝動性)

ADHDの2つめの症状は、多動・衝動性と深く関わっています。人間の脳は、快を感じる行動をもっとしたい、早くしたいと思うようにプログラミングされています。これが報酬系です。ADHDの症状は、報酬が時間的に遅延することを嫌います。

この症状の検査は、Maudley’s Index of Childhood Delay Aversionという検査で調べます。この検査はゲームのような検査で、被験者は宇宙船を撃ち落として、得点を稼ぐように求められます。宇宙船を撃ち落とすための方法は2つあります。①2秒待って宇宙船を1隻撃ち落とす、②30秒待って宇宙船を2隻撃ち落とすの2つです。この選択肢が15回提示されます。

このとき、①は低報酬だが速くポイントがもらえる、②は高報酬だがポイントがもらえるまで待たないといけないという条件です。ポイントを稼ごうと思えば、②の待つけれど、ポイントが沢山稼げるほうがよい選択肢になります。ここで、ADHDの方は①を選ぶことが多いのです。言い換えると、報酬が待てないのです。

この症状は次のような行動を生み出します。

  • じっとするのが苦手 (楽しいことがないから)
  • 多弁でよく喋る
  • 思いついたら、すぐに実行しないと気がすまない
  • 課題によってモチベーションの差が大きい
  • 興味があることには集中しすぎる
  • 興味があることでも、飽きてしまうと、全くできなくなる
  • やるべき課題を先延ばしにしてしまう

このような行動が出現します。報酬がない場合は報酬を探し、報酬がある場合は報酬に依存しすぎるという状態です。この報酬に振り回されてしまうのが報酬系の症状と言えます。

時間感覚の問題

3つ目のADHDの症状は、時間の感覚の問題です。Triple Pathway Modelの仮説で最後に出てきたものです。

人間は、時間を数えていなくても、どれくらいの時間が経過しているのかをなんとなく分かって生活しています。これが時間の感覚です。この感覚が非常にずれてしまうというのが時間感覚の問題です。

この症状の検査でわかりやすいのが、1分間ゲームです。検査者が最初の10秒を木の棒などを叩きながら、数えます。そして、残りの50秒を被験者が心の中だけで数え、50秒数えると手を上げます。このときに、心の中で数えるカウントがとてもずれてしまうのが、時間感覚の問題です。

この症状があると、次のような行動が引き起こされます。

  • 準備に時間がかかっていることに気が付かない
  • 目的地への到着時間が読めない
  • 仕事にどれくらい時間がかかるか分からない
  • あと、どれくらいで仕事が終わるか予測できない
  • 気がついたら、大分時間がたっている

時間の経過が感覚としてわからないと、時間の予測も難しくなってきます。また、どれくらい時間が経過しているのかに気づけないのです。

意思決定の問題

ここから、 Coghill(2014) が指摘するADHDの症状になっていきます。意思決定とは、少しわかりにくい言葉ですが、沢山の選択肢から何かを選ぶときに、その判断を素早く行えるか、リスクをしっかりと考えた上で選択肢を選ぶことができるかということが意思決定に関わる内容です。この課題には、Cambridge Gambling Taskと呼ばれる検査を用います。まずは、下の図を見てみて下さい。

この課題では、被験者は青と赤のどちらの箱にあたりが入っているかを予測するように求められます。さらに、掛け金も自由に変えることができます。青と赤の箱の比率は、毎回変わります。当たればかけたポイントがもらえますし、はずれればかけたポイントは没収されます。この課題は名前の通りギャンブルになります。そして、このギャンブルを通して、リスクに対する感受性を調べているのです。

この意思決定の問題は次のような行動を引き起こすと考えられます。

  • ギリギリで危ないと思っているのに、焦ることが難しい
  • ものをどこに片付けるか迷う
  • ものをとっておくか捨てるか迷う

この意思決定の問題は、ゴミ・ものをため込むという行動に繋がります。DSM-5ではためこみ症と呼ばれる強迫症の一種が新たに診断基準に登場しましたが、ADHDとためこみ症はこのような部分で連続している可能性が指摘されています。

反応の変動性

これは時間の感覚とかなり重なってしまう症状になります。時間の感覚で出てきた1分間ゲームの課題を何度も繰り返すと、1分間より短いとき、長いときのばらつきが多いというのが反応の変動性です。この症状が実際の生活でどのような行動を生み出すのかはよく分かりませんが、時間の感覚に関連したタイミングのズレが生じていると考えられます。

ワーキングメモリー

ワーキングメモリーとは、頭の中に一時的に保存しておく記憶です。例えば、電話番号を聞いて覚えておいたり、人が話している状況で聞きながら、その話を整理しているときに使います。

検査としては、知能検査でやる数唱とよばれる数桁の数字を復唱するものが一般的ではあります。しかし、ワーキングメモリーの正確な表現は、頭の中で操作をする記憶である必要があります。そのため、提示された数字を逆の順番で復唱する逆唱が真のワーキングメモリーに近いことが言われています。

ADHDとワーキングメモリーの問題は、昔から言われており、知能検査におけるワーキングメモリーが低いADHDの方が非常に多いことは臨床的には知られています。さて、このワーキングメモリーの影響ではどのような行動が起きている可能性があるかというと…

  • 話をきいているうちに、内容を忘れてしまう
  • たくさんの課題をいっぺんにしようとすると混乱する
  • やるべき課題が見えてないと忘れてしまう
  • 計画を立て終わる前に行動してしまう

などの問題が引き起こされる可能性があります。ワーキングメモリーは特に計画を立てる遂行機能と呼ばれる人間の認知的機能に直結します。そのため、計画性に関する影響が大きいでしょう。また、ADHDのタスク管理でよく出てくる「リマインダーなしではリマインドできない」という行動の背景にあるような気がしてます。

まとめ

これまで、ADHDの行動の背景にある認知的な特性について見てきました。自分の苦手な特性をこのような軸で整理していくことは、生活をより豊かにする工夫を考える上でとても役に立ちます。ADHDを単に「集中できない」というイメージだけでとらえてしまうと何が困っているのかが見えてこないのです。

また、これらの特性がどの程度あるのかは、知能検査や単一の検査では調べられません。この検査の数値が○○だからADHDであるとも言えません。というのも、ここで紹介した検査の課題の成績は全般的な知能や年齢、他の精神疾患などの症状によって変動する可能性があるからです。なので、検査を受ける前に練習しようとか、これらの検査をつかって発達障害かどうかを調べようと考えないで下さい。診断や評価では、日常生活での行動を評価する必要があります。

参考文献

  • Coghill DR, Seth S, Matthews K 2014 A comprehensive assessment of memory, delay aversion, timing, inhibition, decision making and variability in attention deficit hyperactivity disorder: advancing beyond the three-pathway models. Psychol Med. 2014 Jul;44(9)
  • Sonuga-Barke E, Bitsakou P, Thompson M. 2010 Beyond the dual pathway model: evidence for the dissociation of timing, inhibitory, and delay-related impairments in attention-deficit/hyperactivity disorder. J Am Acad Child Adolesc Psychiatry. Apr;49(4):345-55
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