防御カスケード -トラウマ下での生理反応-

PTSD トラウマ
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今回は防御カスケード(Defence Cascade)について説明します。防御カスケードは聞き慣れない言葉だと思いますが、トラウマに関する身体的な反応を理解する上でとても重要なものになります。おもに動物実験による知見を人間に当てはめているので、人間の反応はもう少し多様ですが、考え方の基本になります。今の自分がどのような状態にあるかを防御カスケードモデルで把握していると、整理しやすくなります。

今回は、①防衛カスケードを開始する最初のステップである「覚醒」、②脅威に対処するための能動的な防衛反応である「闘争・逃避反応」、③闘争・逃避反応を保留した状態である「凍りつき」、④逃れられない脅威に対する反応であり、能動的な防衛反応が失敗した場合の最終手段である「緊張性不動(持続性不動)」。(5) 緊張性無動の一種であり、脈が遅くなり脳低酸素症のために筋緊張が失われ、意識が低下する状態である「虚脱(虚脱性不動)」について解説します。

全体的なイメージは、下図になります。図の左側から反応が始まり、右側に向かって反応が進んでいくというイメージです。また、慢性的なトラウマ反応が起こっている状態では、これらの全ての反応が出てきます。

覚醒

防御カスケードが生じる最初のステップは、「覚醒」です。この状態では、意識の覚醒度が高まっていきます。また、トラウマがある場合は緊張性不動や、虚脱が引き起こされることもあります。

交感神経が活性化し始め、心拍数が上がり、腸、筋肉、皮膚の血管抵抗が増加し、脳と心臓への血流が上昇します。筋肉への血流増加は、闘争・逃避反応が起こった後に起こるので、この時点では筋肉には変化がありません。体温が上昇し、腸のぜん動運動などの消化器系の活動が停止します。呼吸も骨格筋の緊張も高まります。最初に姿勢筋(体を起こして安定させるための筋肉)が影響を受け、次に手足の筋肉が影響を受けますが、この段階では実際に動作が開始されることはありません。すべての筋肉が準備状態になり、目が覚めた状態になります。

闘争・逃避反応

闘争・逃避反応は、差し迫った危険に対する行動的な反応です。この段階では、攻撃する、走って逃げるなどの行動を起こそうとします。自律神経は、心拍数・血圧が上昇していきます。闘争・逃避反応は、通常のストレス下にある状態というイメージです。闘争反応が起こっているときは、「イライラ」、逃避反応が起こっている際は、「不安・恐怖」という感覚になります。いわゆる、神経過敏な状態と考えるとイメージががつきやすいと思います。

また、闘争・逃避反応中に「痛み」が起こると、うまく立ち振る舞えないので、身体は疼痛を抑えようとします。

凍りつき

凍りつきは、脅威に対する定位反応の代わりとして出現します。定位反応は、「おや、なんだ反応」とも言われることがあり、環境の中に見慣れないものがあった場合に注意が向けられる反応です。そのため、凍りつきは、別名「注意深い無動」と呼ばれます。脅威に向かって注目をして動かない状態です。

また、「凍りつき」は、一般的には動けないイメージだと思います。厳密にいうと、「動けない凍りつき」は次に述べる「緊張性不動」になります。そのため、ここで解説している「凍りつき」の状態は、体が動かせないのではなく、じっとして”意図的に動かない”状態です。別の表現をすると、闘争・逃避反応を起こすことを保留している状態と言えます。そのため、この状態で、なんとか対処できると感じた場合は、闘争・逃避反応が生じます。この状態は、数秒間と言われています。

凍りつきの状態では、脈が遅くなり、呼吸が浅くなっていきます、めまい、頭がくらくらする、ドキドキ、口が渇く、しびれる、筋緊張、非現実感などが出てきます

治療の中では、「凍りつき」が解除されると、すぐに闘争・逃避反応が出現する可能性があります。

緊張性不動

闘争・逃避反応が失敗し、捕食者に捕まった場合の最終的な防御反応が緊張性不動になります。凍りつきと違い、体に力が入って、動けないという感覚になります。この状態は、交感神経・副交感神経が共に活性化している状態です。

この状態になると、頻脈、血管収縮、高血圧、覚醒度の亢進、気持ちが高ぶる、怒りを恐怖が抑え込むといった現象が起きます。

フラッシュバックが起こっている状態も、この緊張性不動と呼ばれる状態に近い状態になります。いわゆる「過覚醒」状態です。トラウマによる症状が慢性化した場合、この過覚醒状態が断続的に発生することになります。ただし、あまり主観的には「動けない」という感覚は感じられないかもしれません。

身体志向の心理療法では、この緊張性不動状態によって、完了できなかった動作を完了させるということを治療の根幹に置いています。

虚脱

脳は、ずっと過覚醒状態を保つことができないため、緊張性不動状態は、ある時点で虚脱へと移行します。緊張性不動状態が力が入って動けないのに対して、虚脱は力が入らなくて動けない状態と言われます。この状態が進行すると気を失ってしまいます。

緊張性不動が過覚醒であるのに対し、虚脱は低覚醒と言えます。

脈が遅くなる(徐脈)、血管拡張、低血圧、覚醒度が落ちる(ぼんやりしてくる)、認知機能低下、感情の麻痺といった現象が起きます。

低覚醒のモードは、DSM-5におけるPTSDの解離型に相当しています。そのため、この虚脱の中心的な症状は離人感・現実感の喪失になります。これは、最初の図の上にあるように、疼痛を制御している物質が緊張性不動と虚脱では違うためです。

また、慢性的なトラウマ状態がある場合、この虚脱に入り込んで抜けられなくなります。その場合は、うつ状態に近く、無力感、動けない感じ、絶望感などに苦しみます。

治療上は、緊張性不動の過覚醒が落ち着きだした頃に、虚脱が出現することがあります。虚脱の先に少し落ち着いて休める状態があり、そこから通常の状態に復帰するという流れもあります。これは、動物が捕食されそうになりながらも生還し、動けない状態から回復する過程に似ています。

まとめ

この防御カスケード反応は、覚醒⇒闘争・逃避反応/凍りつき⇒緊張性不動⇒虚脱の順番で移行していきます。そのため、治療ではこの順番で変化が起こったり、逆行したりします。

例えば、身体感覚をずっと追いかけていくと、身体が動かなくなり、力が入らなくなるというように進んだり、動けない感じが抜けてくると、怒り・恐怖などの感情が出現してくることもあります。

また、身体全体が一つの、反応を起こしている場合もありますが、多くの方は身体の部分ごとに違う反応を起こしています。例えば、胸は非常にかっかしていて闘争反応にあるのに、足はひんやりして動かなくて虚脱になっていることがあります。治療では、このような各部位がどの状態に入っているのかをアセスメントし、それぞれに対処していくことで、バラバラになった反応を統合していきます。

参考文献

  • Kozlowska K, Walker P, McLean L, Carrive P. Fear and the Defense Cascade: Clinical Implications and Management. Harv Rev Psychiatry. 2015 Jul-Aug;23(4):263-87. doi: 10.1097/HRP.0000000000000065. PMID: 26062169; PMCID: PMC4495877.
  • Maggie Schauer and Thomas Elbert 2010 Dissociation Following Traumatic Stress Zeitschrift für Psychologie / Journal of Psychology 218:2, 109-127
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