今回は、離人症に関してまとめていきます。
離人症は、多様な精神疾患の一つの症状として出てきます。うつ病、てんかん、パニック発作などの症状として出現します。しかし、ここではトラウマに関連した離人について考えていきます。
離人というのは、解離の一つの症状としても出てくるため混乱することが多いと思います。離人は、防御カスケードの低覚醒の時にも出てきます。トラウマの治療を考える上では防御カスケードで出てくる離人と今回紹介する離人の両方の側面での理解が必要です。状態としては両者は非常に似ています。しかし、その症状に至るまでの背景が違ってきます。ちなみに、俗に外傷性解離というときは、低覚醒のときの離人感のことを言うことがあります。
まず、離人症とは、なにか?という点ですが、以下の様に記述されます
患者は、「自分がロボットのようだ」、「自分は、他の人とは違う」、「自分が自分じゃない感じ」と報告する。(この最後の表現は、自我の体験を意味するのではなく、比喩的に理解すべきである)。また、「半分眠っているような感じ」や「頭の中に綿毛が入っているような感じ」と表現する人もいて、それに伴って集中力が低下することもあります。
また、外界の現実が奇妙に変化することもあります。「自然ではなく絵を描いたような」、「二次元的な」、「みんなが舞台で役を演じていて、自分はただの観客であるかのような」など、どこか人工的な印象を持っています。
世界が必ずしも非現実的に見えるわけではありませんが、それにもかかわらず、「以前よりも面白くなく、生き生きとしていない」という経験をします。また、身体的な感覚の減少や完全な欠如(「まるで自分の身体が幻である」、「自分の手が自分のものではないようだ」など)、喉の渇きや空腹感、身体的な痛みの軽減などがよく表現されます。
また、情動反応の低下や喪失もよく見られるテーマです。感情がなくなり、何の影響も受けない」、「感情を持つことができず、すべてが自分から切り離されている」。このような感情的反応の喪失は、患者本人や周囲の人々にとって特に不安なものであり、親密な人間関係に深刻な悪影響を及ぼす可能性があります。
medford et al(2005)
DSM-5では、離人症と現実感喪失症が同じ診断になっています。自分の思考、感情、体から切り離されている感覚が離人症で、周囲や環境から切り離されている感覚が現実感喪失症です。概念上、2つは別れますが、臨床上は両者を区別できない状況が多いです。
疫学的特徴
DSM-5には診断基準以外にも疫学など載っています。下記の内容です。
- 生涯有病率は、2%
- 25歳以降の発症は5%
- 1/3は一過性、1/3は症状が継続、1/3は最初は一過性であったが最終的には慢性の経過をたどる
- 危険因子として、感情の不安定さ、特に対人関係の中での不安定さがリスク要因
- 幼少期のトラウマを報告する人が多いが、他の解離症関連疾患に比べると低い。特に感情的虐待、及びネグレクトの報告が多い。
ここで注意する点は、精神的虐待、身体的虐待、性的虐待は、加害の場面が明確であり、フラッシュバックになりやすく、ネグレクトは、『本来あるべきであるケアがない』という状況のためにフラッシュバックになりにくい点です。更に言うと、ネグレクトは、自分がネグレクトを受けているという自覚が湧きにくい虐待と言えます。
また、Lee et al(2010)の調査では、親が「拒絶的で懲罰的」であったり、「支配的で過保護」であることが離人症のリスク因子となっていました。
病態
離人症の神経生物学的な特徴は、『不安に対する主観的な兆候と、客観的な兆候の矛盾である。生理学的に不安は経験されているが、防衛反応としての覚醒が起こっていない』と言われています。
Sierra et al(2012)による絵を用いて感情を喚起させる実験では、幸福感を感じる絵に対する生理的反応は正常だが、嫌悪感を感じる絵に対する生理的反応は弱くなっています。一方で、嫌悪感の主観的な評価は正常でした。
このような現象は前島と呼ばれる部位が活性化しないためと言われています。島は、体の内部から脳に送られてくる内蔵感覚などの身体感覚を受け取る部位と言われています。この部位が活性化しないと、自分の身体感覚を受け取れず、自分の感情を上手くつかめないと言われています。
また、側頭頭頂接合部は、身体感覚(五感)をまとめる部位になります。この部分が活性化しないため、空間の中で自分の身体がどの位置にあるか分からなくなる可能性があります。この状態が、上から自分の体を見下ろしているような体外離脱体験に繋がります(Eddy, 2016)。また、側頭頭頂接合部は、「自分が自分である」という感覚にも関係しているため、「自分が自分である」という感覚が損なわれます。
治療
治療としては、確立されたものがありません。そのため、様々な治療を試していくことになります。
薬物療法
現在のところ、公式に認められた離人症に効果がある薬物療法というものはありません。SSRI,ラモトリギンなどが候補として研究されていますが、いずれもRCTがなく、少数例に対する治験に留まるようです。
ナルトレキソンといったオピオイド受容体拮抗薬に関しては、少数例の治験がありますが(Mauricio Sierra, 2008)、これはいわゆる外傷性解離(もしくは虚脱)による離人症に対する治験のようで、離人症そのものに対する治験であありません。
反復経頭蓋刺激療法(rTMS療法)
rTMSは、脳に磁気の刺激を与えることにより、脳の活性化を図る治療法です。うつ病の治療に主に使われていますが、離人症に対しても行われています。刺激するポイントの候補がいくつかあり、少数例のケースレポートがあります。
心理療法
認知行動療法としては、Hunter et al(2003)のモデルがあります。このモデルでは、離人症の発症要因ではなく、維持要因に注目をします。このモデルは不安症、とりわけパニック症の治療モデル(Clark and Wells)に近いです。慢性化した離人症では、離人症が生じた場合に、その現象を破局的に捉えがちになる。そのため、日常生活の中で不安な場面に対する回避行動、過剰な自己観察に対して介入をしていきます。ちなみに、リラクセーション法などは効果がないとのことです(Medford at al, 2005)。
実際の臨床場面では、どのように私がアプローチをしているかと言うと、フラッシュバックや感情的なフラッシュバックがあれば、その部分に通常のトラウマの治療をしていきます。たとえネグレクトであっても、『親に働きかけたけれど、期待する反応が得られなかった」というフラッシュバックが見つかることがあります。その部分をケアしていきます。
または、「空虚な感じ」「なにかピースが入らなかい感じ」に対してトラウマの治療をしていきます。まず、「トラウマの場面になっている過去の場面で自分がどんな気持ちであったかを把握し、その部分に共感してもらいます」そして「過去の特定の場面で、自分に何が必要だったのか、何が欲しかったのか」を探していきます。そうすると、自分の中にかけているものが埋まっていくような感じがします。
ただ、上記の要素は、外傷性解離の要素がある方です。ネグレクト、感情的ネグレクトだけの方は、「トラウマがある」と認識していないことも多く、治療の取っ掛かりが見えにくい場合があります。漠然と、「生きている感じがしない」「感情が鮮明に感じない」などの漠然とした症状だけが前面に出ていることもあります。
その場合、まずは、身体的な安全感を感じてもらうことをやっていきます。離人症の方は、不安感・緊張感がどこかにある場合があるので、その部分を緩和することからやっていきます。その後、少しづつ、身体感覚を感じられるようにしていきます。
参考文献
- Nick Medford, Mauricio Sierra, Dawn Baker and Anthony S. David 2005 Understanding and treating depersonalisation disorder Advances in Psychiatric Treatment , Volume 11 , Issue 2 , March
- Mauricio Sierra 2008 Depersonalization disorder: pharmacological approaches Expert Rev Neurother Jan;8(1):19-26. doi: 10.1586/14737175.8.1.19.
- William E. Lee, Charlie H. T. Kwok, Elaine C. M. Hunter, D.Clin.Psy., Marcus Richards, Anthony S. David 2012 Prevalence and childhood antecedents of Depersonalization Syndrome in a UK Birth Cohort Soc Psychiatry Psychiatr Epidemiol. Feb; 47(2): 253–261.
- Mauricio Sierra 2012 Depersonalization: A New Look at a Neglected Syndrome Cambridge University Press
- Clare M.Eddy 2016 The junction between self and other? Temporo-parietal dysfunction in neuropsychiatry. Neuropsychologia Volume 89
- E.C.M. Hunter, M.L. Phillips, T. Chalder, M. Sierra, A.S. David, 2003 Depersonalisation disorder: a cognitive–behavioural conceptualisation. Behaviour Research and Therapy. Volume 41, Issue 12,