トラウマ・PTSDとは何か?
DSM-5におけるPTSDの診断基準には、以下のようになっています。(原文を簡単にしています)
A.実際にまたは危うく死ぬ、重症を負う、性的暴力を受ける出来事への曝露
B.侵入症状(フラッシュバック、悪夢など)
C.心的外傷的出来事に関連する刺激への回避
D.認知と気分の陰性の変化(例:「私が悪い」、「誰も信用できない」、他者から孤立している、または疎遠になっている感覚など)
E.心的外傷的出来事と関連した、覚醒度と反応性の著しい変化。(過度の警戒心、集中困難、睡眠障害)
その他にも、診断基準はありますが、このA~Eが全ていなければPTSDとは診断されません。
一方で、このPTSDの全ての症状を満たさないけれども、部分的に上記の症状が当てはまる場合があります。
例えば、「いじめ」「パワハラ」「DV」などです。※これらが、PTSDの診断基準を満たすことはあります。
トラウマ・PTSDを経験したとき、何が起こっているか?
トラウマ・PTSDとは、「過去の出来事が、過去のことにならず、今のことになっている」と言えます。これは、以下に紹介する全ての症状に共通しています。
記憶
トラウマを経験した際に、よくあるのは、その当時の記憶をよく思い出せないという現象です。例えば、事件の全貌が思い出せない。何がどの順番で起こったのか思い出せないというものです。
これは、よく「記憶が断片化している」と表現されます。数秒程度の記憶として、分断され保存されているのです。このとき、「記憶」は映像だけではありません。身体感覚や、臭い、音なども記憶として保存されています。
次に説明する再体験症状などの症状もこの記憶が断片化していることと関係しています。
再体験されるトラウマ
トラウマ・PTSDに悩む人の最も苦痛な症状は再体験だと思います。典型的には、繰り返し、過去の映像が思い起こされるフラッシュバックが有名です。フラッシュバックが起こった時、その場で感じたこと、苦痛だったことも同時に想起されてきます。例えば、DVをうけたときの無力感や恐怖という感情が、フラッシュバックの映像と共に蘇ってくるのです。
中には、フラッシュバックが悪夢という形で起る方もいます。この症状は子どもに多いと言われています。この悪夢の内容は、トラウマ記憶に関連がある場合もあれば、ない場合もあります。しかし、共通するのは、恐怖を感じる悪夢だということです。この悪夢は、ときに睡眠障害を引き起こします。睡眠障害とは、眠れない、寝ても起きてしまう等の症状のことです。
再体験されるのは、映像だけではありません。その時に感じた身体感覚が出てくることもよくあります。例えば、手が震える、胸が重い、喉が使えるなどの身体感覚がよく出てきます。
特定のトリガー(引き金)が存在して再体験が起る方もいます。例えば、加害者がいた地区を通るとフラッシュバックが出てくる、震えが出てくるという場合です。これが回避症状へと繋がっていきます。
回避症状
再体験が何度も続くと、そのトリガー(引き金)が、分かってきます。例えば、交通事故の現場近くを通る、ニュースの報道をみる、加害者の話を聞くなどがあります。このトリガーを避けようとする行動が回避症状となります。
回避症状が重く、社会的に孤立しがちになることも、トラウマ・PTSDの回復を遅らせてしまいます。
認知と気分の変化
案外、見落とされやすいのがこの症状です。これはDSM-IV-TRまでは、PTSDの診断基準には入っていませんでした。しかし、PTSDの治療のエビデンスが積み重なり、その回復過程の変化を追っていくことで、この症状の重要性が見直され、診断基準に取り入れられました。
トラウマを経験すると、「自分に責任がある」「世界は安全ではない」「何もコントロールできない」などの悲観的な考えが生まれます。もし、トラウマ体験が再び起る可能性が高ければ、この考えは非常に機能的な働きをします。例えば、紛争地域では、「ここは危険だ」とたえず思っていることで、生き延びることができるかもしれません。しかし、トラウマとしての体験を、今後経験する可能性は非常に低いのに、「ここは危険だ」と思っているととても苦しい思いをします。
過覚醒
フラッシュバックや再体験症状は、身体的なレベルでも起こります。例えば、その体験をした時の体の反応が出てしまうのです。この再体験症状のために、怒りや、警戒心など心理的な反応が生じやすくなります。
EMDRとは?
EMDRは、両側性刺激と呼ばれる。左右交互の刺激を用いたトラウマ・PTSDの治療方法です。古典的には、治療者が指をクライアントの前で左右に動かします。これで、眼球に左右交互の刺激を生み出します。
EMDRには、治療の段階があり、この最も有名な脱感作と呼ばれる手続きのみを用いても上手くいかないと言われています。
EMDRの大まかな流れは、 アセスメント → 安全なイメージを作る練習 → 脱感作 → 植えつけ → ボディスキャン となります。
アセスメント
EMDRの治療の際にもっとも必要なアセスメントは解離性障害の有無だと言われています。PTSDを経験した人の多くは部分的に解離症状を経験することが多いのです。例えば、ぼーっとする、その出来事に触れても、起きるはずの感情が起きない、なんだかよく分からないけれど怖い、記憶が抜けるなどの症状が解離性障害の症状です。解離性障害のスクリーニングにはDESと呼ばれる尺度を用います。
また、トラウマ体験が単回なのか複数なのかという点も大切です。例えば、DVやいじめは複数回になることが多いトラウマです。災害、交通事故は単回になることが多いトラウマです。
安全なイメージを作る練習
この段階では、安全なイメージを作るために、様々な練習を行います。EMDRは、安心できるような状態で行わないと上手くいかない治療法だと感じています。この部分はEMDRのとても根幹になる段階になります。そのため、この部分にかなり時間がかかる場合もあります。
逆に、この段階だけでかなり良いと言われる方も多いです。特に、睡眠がよくなったと言われる方が多いです。
脱感作
脱感作では、両側性刺激を与えながら、過去の経験にアクセスしていきます。この時、安全な場所でのしっかりとした基板があれば、あまり苦痛な体験にはなりません。
植えつけ
両側性刺激は、「連想が起こりやすくなる」という特性を持っているようです。この特性を活かして、「自分が考えられたらよいと思う考え」を植え付けていきます。
例えば、「今は、安全だ」と思いたいのであれば、その考えを植え付けていきます。
ボディスキャン
トラウマの記憶は、身体的な記憶でも残ります。また、この身体感覚は非常に重要な要素でもあります。このボディスキャンの段階では、身体感覚記憶にアクセスし、その残りを治療していきます。
自我状態療法の利用
EMDRの治療者達は、解離性障害を持つクライアントへの治療を工夫していく間に、「自我状態療法」と呼ばれる治療技法を取り入れるようになってきています。
自我状態療法とは、自分の過去のトラウマ記憶を持っているパーツに、会いに行くという治療方法です。
解離症状が強いと、トラウマ記憶の断片化が進んでいきます。最も強い症状の場合は、解離性同一性障害と呼ばれる状態になります。
簡単に言えば、人格とは記憶を元に構成されます。人格が分かれるとは、その共有できない記憶があるために、主になっている人格と交流が分断されている状態です。
自我状態療法では、このトラウマ記憶を持っている自分をパーツと呼び、そのパーツと対話を試みます。
解離性障害、解離性同一性障害の治療は、通常のEMDRでは上手くいきません。もっと包括的に治療を考えていく必要があります。
参考:解離性障害の治療:どのような症状に対してどのような治療戦略を行うべきか?
この技法は、解離性障害を持っている方や、アダルトチルドレンの傾向がある方に有効な技法だと感じています。トラウマ・PTSDの問題でも、自我状態療法のみで良くなるかたもおられます。