社交不安障害(あがり症/対人恐怖症)への認知行動療法

認知行動療法
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なぜ認知行動療法を使うのか?

社交不安障害は非常に幅がある病気です。日常生活では特に支障が出ずに、スピーチ等の特定の場面のみで症状が出る方や、コンビニに行くのも怖くていけない、人といると言葉がでないという方までいらっしゃいます。

認知行動療法は全ての症状の方に有効になります。特に軽い方は薬物療法をせずに認知行動療法のみで良くなる方が多いです。私の所には、あまり薬を飲みたくない方や、精神科に通っていても抗不安薬のみで治療をしている方も多いです。

社交不安障害は時々、症状がぶり返してしまいます。特に昇進したり、仕事を変わったりした際に、症状が収まっていたと感じていても再燃してくることがよくあります。そのような際に、認知行動療法を技術として持っておいてもらうと、なんとか持ち直せることが多いのです。

また、薬物療法は継続して服薬してもらわなければいけません。しかし、認知行動療法の技術を習得してもらうと薬の量を減らせる可能性があります。

症状を把握する

治療の最初は症状を細かく把握することになります。認知行動療法をしっかりと行うためには症状を丁寧に把握する必要があります。なぜなら認知行動療法を行うためには、どのような症状が起こっているかを把握しておかなければ適切な治療を考えられないからです。以下の点に注意して症状を把握しています

場面の把握:どの場面で症状がでるかを考えていくことで、どんな要素が緊張を引き起こしているのか考えていきます。例えば、「みんなの前で話すのが苦手」という場合でも、友人程度なら大丈夫なのか、むしろ友人の前だと緊張するのかなど、一人ひとり症状は細かく違っています。どんな場面が苦手なのかを考えていくことで、これらのヒントが分かってきます。

不安なときに考えていること:多くの場合、「◯◯と思われているんじゃないか?」という形の考えが、中心になってきます。例えば、「あいつ、スピーチが下手くそだなと思われているんじゃないか?」「挙動不審だと思われているんじゃないか?」「汗臭いと思われているんじゃないか?」など色々あります。認知行動療法では、これらを「認知」と呼びます。

緊張するときにとっている行動:これは、実際に観察をすることが多いです。というのも、無意識にとっている場合が多いからです。例えば、手をぎゅっと握る、もじもじする、髪の毛を触る等色々あります。これらは、安全確保行動と言われており、なんとか安全を確保したいと思って行われている行動です。これらの行動を行うことで、緊張感を紛らわす効果があると考えられています。

身体症状:これもとても大切なポイントです。お薬によってこれらの症状を抑制しているかも聞きます。社交不安障害の場合は、これらの身体症状をコントロールしようとして、コントロールできずに余計に不安になっている場合もあります。

また、人前で緊張するという背景には複数の病気が考えられます。その中で最も気をつけなけれればいけないのがトラウマの問題、解離性障害の問題です。人前が苦手だと訴える方の中に、過去に強烈なトラウマを経験している方もいらっしゃいます。このような場合は、認知行動療法が向かない場合があります。この場合は、EMDRなどの他の適切な治療方法を考えていくことになります。

症状の把握には、LSASと呼ばれる尺度を用います。定期的に症状を把握することで、治療の進行具合をチェックします。特に社交不安障害の方は、色々な場面が緊張するために、「どんな場面が緊張するか?」と言われても、全部が緊張すると言われる方が多いです。そのため、おおまかな傾向をしる目的でも、LSASを使います。このLSASを回答しているうちに、「こんな場面は苦手」「こんな場面はまだ大丈夫」などのように分かってくることもあります。

心理教育

心理教育とは病気のことを理解していくことになります。社交不安障害は、非常に幅がある病気なので、症状によって、どの辺りを治療していくのかが変わってきます。そのため、心理教育も少しづつ変わってきます。

視線恐怖症の方:視線恐怖は、社交不安というより恐怖症に近い状態だと感じています。「目」という刺激に対して、何らかの恐怖感があるのです。

どこに目を合わせていいか分からない:これは、眼球運動の問題かもしれませんし、単に方略の問題かもしれません。まずは、どこに視線があるのかを確かめて、大勢の場面ではどこに視線を持っていけばいいのかなどを考えていきます。

声がどもる:どもりも、吃音のように常にでるものから、緊張した際にでるものまで色々とあります。しゃべり方を矯正する方向で調整する場合もあれば、むしろ吃音のようなものが出ても話し続けるように練習する場合もあります。また、過去のトラウマの症状として出る場合もあります。

発達障害がある場合:ADHDがある場合は、視線が定まらない、考えがまとまらないために結果的に社交不安になっている場合があります。このような場合はADHDのことを先に考えていく必要があります。自閉スペクトラム症がある場合は、そもそも視線が怖いという方が多いため、別の方略を考えていく必要があります。

緘黙症がある場合:緘黙症も、場面なのか全緘黙なのかで大きく支援が変わってきます。全緘黙の場合は、そもそも会話をすることができないので、会話場面での治療はさけ、まずは色々な場所に行ってみることから考えていくことを大切にします。場面緘黙症の場合は、本人が安心感が持てるようになるまで、色々なツールを使ってコミュニケーションを考えていくことになります。

スピーチ場面のみの場合:この場合は、日常生活に困らない場合が多く、「実際は変なしゃべりではないのに、変なふうにしゃべっているのではないか?」という点が問題の中心になってきます。この自分と他人からの印象をすりあわせていくように考えていきます。

ソーシャル・スキルの問題:特定の人とだけ対人緊張がある場合、もしかするとソーシャル・スキルの問題になるかもしれません。この場合は、どのように対応していいか分からないために、結果的に緊張してしまうことになります。

以上のような点を確認しながら、それぞれの状態にあった社交不安障害の治療を考えていきます。

また、心理教育の部分では、他にも認知行動療法の仕組みについても説明をしていきます。

参考:社交不安障害とは?

認知行動療法の実際

最も中心になる方法はエクスポージャー(暴露)になります。

社交不安障害の治療では、大なり小なり、不安緊張場面に直面する(暴露する)ことが必要になってきます。この時、暴露した状態で、安全確保行動と呼ばれる、気ぞらしの行動、回避行動を全て止める必要があります。安全確保行動の代表は、もじもじする、頭をかく、手を握ったり離したりを繰り返すなどの行動です。回避行動の代表は、目を合わせない、人のほうをみない、頭の中で違うことを考えるなどの行動です。この二つをを減らしていきます。

とても緊張の強い状況が作り出せれば、エクスポージャーの最中に、これらの安全確保行動は減ってきます。最も有名なのは「恥さらし訓練」と呼ばれる方法です。これは、自分の胸に、「自分がこう思われたら嫌だな」と思われる内容を書き、全くの面識がない他人に自己紹介する方法です。この方法は非常に協力で、30分程度でかなりの改善を実感できます。

しかし、いつも強い緊張状態が作れるわけではありませんし、この方法が向かない方もいます。そこで、弱い刺激からはじめ、安全確保行動、回避行動を抑制した状態でエクスポージャーを行なっていく場合もあります。

次に大きいのは、認知再構成(考えの再評価)になります。

例えば、「私は、スピーチが下手だと思われている」と思っているときに、実際にどのような行動が下手な行動なのか、自分の行動はどうなのかをビデオを使ってすりあわせていきます。よく行うのは、自分が不安場面に直面した時の様子をビデオで撮影し、他の参加者や、治療者のロールプレイと比較してもらいます。

社交不安障害の方は、他人が気にしない点に注意が向いてしまったり、他人が気にしている点に注意が向いていなかったりします。前者の代表は、声の震え、話の繋がりです。後者の代表は、声の大きさ、速さ等になってきます。この他社評価と自己評価のすり合わせを通して、考えを修正していきます。

また、これらを実生活の中で実践してもらい、ビデオ以外でも他社評価と自己評価をすりあわせていきます。典型的なスピーチ恐怖の場合は、同僚や部下にスピーチの評価をきいてもらったりします。同僚の中には、「全然、話はきいてなかった」「資料だけみていた」等の意見も出てくるかと思います。これらを通して、「あまり、注目されていない」ということを体験してもらうことも行います。

さらに、エクスポージャーと認知再構成(考えの再評価)を実践するため、町の中、生活の中で色々なことに挑戦してもらいます。例えば、変な張り紙を持って歩いてもらったり、町中で突然、ぐるぐると回ってもらったり等の方法もとります。社交不安障害の方は、こういう行動をとったときに、「相手からどう見らているか?」にばかり注目してしまい、「相手は実際にどう見ているか?」に注目していない傾向にあります。これらを実践を通して学んでいってもらいます。

さらに、自信を持ってもらうために、対人場面でどのようにふるまうかというロールプレイを行なっていきます。ソーシャルスキルトレーニングとも呼ばれます。ここでのポイントは、声の出し方や、間合いの取り方、なんというセリフを使うかです。「自信を持つ」という抽象的なものを実現しようとしても上手くいかないのです。「自信を持っている人はどう振舞っているか?」を非言語的な面を中心に練習していきます。

例えば、クレームや非難を受けた時、断られた時、ネガティブなことを言う時、自分が分からないことを言われた時、謝るときなどでどのような態度をすれば、自信をもった行動なのかを、具体的に考えてロールプレイをしていきます。このような形から入ることで、「自信を持つ」という態度が身についていきます。

必要であれば、アサーション・トレーニングと呼ばれる、コミュニケーションの中でのテクニックや、雑談の練習を行います。アサーション・トレーニンは、目的を持ったコミュニケーションが苦手な場合に用います。例えば、依頼する、断わる、批判を受けるなどです。一方、発達障害が背景にある社交不安障害の方は、雑談が苦手なのです。そのため、雑談を練習します。雑談の練習は、相槌や質問の仕方、話の広げ方などを中心にロールプレイをし、ビデオを振り返って、復習をするという方法を行います。

参考: 社交不安障害の治療:ソーシャル・スキルの練習を通して自信を身につける

参考:自尊心・自己肯定感を高めるコツ

参考:発達障害のコミュニケーション・トレーニング

マインドフルネスを併用する

エクスポージャーをしている時に、「自分の心の中でお祈りをする」、「相手の目を見ているけれど、注意をしていない」などの現象が起こっている方がいます。これ以外にも、いくつかの理由でエクスポージャーが上手くいかない場合があります。また、エクスポージャーだけでは改善が見られないことがあります。例えば、スピーチの待ち時間に緊張するとか、人に話しかけるのが億劫で緊張を感じてしまうなどです。

これらの場合、マインドフルネスのスキルも一緒に練習していきます。

また、マインドフルネスは、エクスポージャーの効果を高めることが分かっているため、エクスポージャーの最中にもマインドフルネスな状態であるように練習していきます。

そして、対人場面でどのような行動をとるかを決定する際にはマインドフルネスの技術が必要になってきます。これは、実生活の中で困った場面を取り出し、アサーション・トレーニングと一緒にマインドフルネスの練習を行なっていきます。

宿題(課題)を考える

認知行動療法では、カウンセリングから次のカウンセリングまでの間に、何らかの宿題を考えます。宿題がなければ、カウンセリングから次のカウンセリングの間に全く治療が進まないからです。

宿題と言っても、何時間もかかるようなものではなく、家に帰るまでにできること、10分位あればできるような簡単なものが選ばれます。例えば、「町中のベンチに座って、歩いている人を観察してくる」などのような宿題を一緒に考えていきます。

評価をする

認知行動療法は、ある程度治療が進むと、治療が上手く行っているのかを調べます。社交不安障害の治療ではLSASを用います。LSASは、薬の治験に用いられる評価方法になります。つまり、認知行動療法は薬物療法と同じ土俵で効果研究をされている治療方法になるのです。

もし、クライアントさん本人が「治療は上手くいっている」と言っても、LSASの数値が変化していなければ、治療が上手くいっていないと判断されるでしょう。しかし、そうすることで上手く行っていない原因が分かってくるのです。

最後に

社交不安障害の治療についてまとめました。

しっかりと治療をすれば、2-3回のカウンセリングで改善していくことを感じます。上手くいけば、15-16回のカウンセリングで不自由なく日常生活が送れるようになるでしょう。

そして、社交不安障害を治療して、どのように生活をしていくかを考えていく必要があります。

社交不安障害を治療することが人生の目的ではないからです。

社交不安障害を治療して、その後の人生をどういきたいか?について考えていくことが、最も大切なポイントになります。

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