はじめに
境界性パーソナリティ障害は、実は一つの疾患単位ではないと思っています。実際に、境界性パーソナリティ障害がどんな病気かと言われると答えられません。
解離が前景にあり、リストカット(リスカ)などの行為を繰り返すかたも境界性パーソナリティ障害がつくといえば付きますし、摂食障害の方も境界性パーソナリティ障害のような自傷癖がある方もいます。また、普段は何気なく過ごしていても、何かの拍子に突然落ち込んだりと気分の波のようなものがある方もいます。双極性2型との鑑別が非常に難しい群です。スーパー・ラピッドサイクラー、ウルトラ・ラピッドサイクラーなどと言われているような方を双極性障害として捉えていいのかは、色々あるでしょう。しかし、現象としては、こういう方は自傷があったり、不安定な生活を送りがちです。不安と怒りが入り混じり、見捨てられ不安のようなものがあまり見えてこない方もいます。過去にPTSDや、それに類するようなトラウマを抱えている方もいます。このように、境界性パーソナリティ障害と区別する必要がある問題は非常に多くあります。
境界性パーソナリティ障害が独立した疾患単位として成り立つのか、それとも単なる状態像としてのみ起こりうるのかは非常に大きな問題だと思います。
近年の動きを見てみると、感情調整困難と呼ばれる状態像が中核になっているように思えます。私も、中核症状としてこれをおいたほうが整理がつくかと思います。
心理療法
治療法として、NIMHが取り上げるものは、弁証法的行動療法(Dialectical Behavior Therapy)と、スキーマ療法(Schema-Focused Therapy)です。ここでは、弁証法的行動療法を取り上げて考えていきます。
弁証法的行動療法は、プロトコルに基づいた治療法です。アメリカ人のマーシャ・リネハンによって、創始されました。いわゆる第三世代の認知行動療法の中では最も古い治療法になります。
弁証法的行動療法は、4つの主要な要素があります。それは、
・個人精神療法
・スキルトレーニング(集団)
・電話相談
・チーム・コンサルテーション
です。この4つの要素が全てそろわなければ、弁証法的行動療法(DBT)にはなりません。そして、治療期間は1年になります。これらの要素を、日本の医療制度でまかなうことは不可能なため、日本には導入不可能とされています。そして、この状況はアメリカでも同じなのかもしれません。リネハン自身がこのプロトコルを守るためにはどうすればいいのか?という本を出しています。日本語での和訳も出ています。
さて、日本ではどのようにしているかと言うと、多くの人はスキルトレーニングと個人精神療法を同じセッション内でやっているか、個人精神療法・スキルトレーニングのみをやっています。そして、いずれの場合もスキルトレーニングは簡略化しています。なぜなら、スキルトレーニングの内容を全て行うだけで、半年たってしまうからです。さて、それぞれの要素について見ていきましょう。
個人精神療法
DBTはもともと、自傷行為を止めるためのプログラムでした。そのため、個人精神療法では自傷行為(それに類する破滅的行動)を止めるために行います。個人精神療法での一番の中心は、「行動連鎖分析(Chain Analysis)」と言われる技法です。これは、通常の認知行動療法でも行うような刺激・認知・行動・感情の連鎖です。そして、この連鎖を沢山続けていきます。
この行動連鎖分析では、行動が起るきっかけになった脆弱性(例えば、その日つかれていた等)も評価します。そして、最終的には、破滅的行動が来ます。
例えば、『その日は、昨日の疲れが残っていて、学校に行きたくなかった。学校に行くと、課題をやり忘れていて、「あー、また忘れた。駄目だ」と思って、落ち込んだ。その帰りに、友達に遊びに誘われて、「これで、嫌なこと忘れられる!」とテンションが上がってついていくと、友人に「◯◯のことが、実は心配なんだ」と言われた。私は、「今は、そんな話聞きたくない!」と思って、キレて帰ってきてしまった。その夜に、ふと起きて、友人からLINEのメッセージが入ってるのをみて、「私、最悪だ…」と思って、リスカをした』のように、リストカットに至るまでの行動を把握していきます。(これは、実際の例ではありません。念の為に…)この把握していく過程が行動連鎖分析と呼ばれるものです。
DBTは、この一連の行動の中で、幾つかの改善点を出すように面接を進めていきます。例えば、疲れないようなライフスタイルを整えるスキル、課題を忘れた時の落ち込みに耐えるスキル、友人に適切に自分の意見を伝えるスキル、自責的になっていることに気がつき、そこを切り抜けるスキル…のように様々なスキルを用いて改善できないかと考えていきます。リネハンの言葉を借りれば、「連鎖を断ち切る」というニュアンスです。このスキルというのは、次のスキルトレーニングで一通り勉強します。
私の場合は、その都度、その場でスキルを教えたりしていきます。恐らく、おおくのCBTセラピストはそうしていると思います。その中で、もっとも重要なスキルはマインドフルネス・スキルになります。マインドフルネスは、自分の心の状態を把握するスキルでもあり、感情を調整するためのスキルでもあります。
DBTの個人精神療法では、実は動機づけ面接とは違う形でモチベーションについて触れている箇所があります。たとえ話の使い方や、変化と受容(承認)をどう使い分けるかなどです。実際に、リネハンの面接を見てみると、リネハンは非常に素直に辛辣な事を言って変化を促します。一方で、患者の訴えに非常に共感的であり、その苦労を承認しています。この独特な面接スタイルも実はDBTの一つのハイライトになります。
スキルトレーニング
スキルトレーニングの中心は、マインドフルネスになります。そして、対人関係のスキルではアサーティブ・トレーニングに近いものを行います。アサーティブ・トレーニングの文化ではマインドフルネスが強調されませんが、アサーティブになるためにはマインドフルネス・スキルが必要になります。
そして、感情調整スキル、苦悩耐性スキルと続きます。これらは、生活の中での工夫等の細かい技術が含まれています。
電話相談
電話相談では、実際の生活場面で破滅的行動をとる前に、24時間電話をして、スキルをどのように使うかを相談できます。ただし、自傷行為を行った後は、相談できません。ここには随伴性マネージメントと呼ばれる行動療法の技術が用いられています。電話相談を医療機関で受けるのは現実的には難しいかもしれません。しかし、リネハンはこの電話相談が24時間稼働していないと駄目だと言っています。
弁証法的行動療法は非常に包括的な治療法です。基礎は、行動療法とマインドフルネスにありますが、随所にリネハンの哲学があります。認知行動療法のマニュアルにこのような「理念」が書かれたものは珍しいと思います。リネハン自身もそのように言っています。例えば、セラピーにおけるセラピストの心構えなども書かれています。
弁証法的行動療法の弁証は、本来「統合」と訳されるべき言葉です。リネハンは、DBTには至る所に相反する概念があり、その概念を統合させる(バランスをとる)ことが治療を成功させると話しています。例えば、変化と受容のバランスをとることです。今までの、認知行動療法は患者に変化を押し付けている、患者の苦悩を承認して受容していくこともしていく必要があるなどです。
現在、DBTそのものを受けることは難しいでしょう。しかし、海外では摂食障害、境界性パーソナリティ障害などの治療にDBTはなくてはならない存在になりつつあります。
私は、個人精神療法を中心として、必要であればスキルトレーニング、電話相談(もしくはメール)という形でやることが多いです。