強迫症の治療をしていると、幼少期のトラウマによく出会います。イギリスの認知行動療法家であるPaul Salkovskisの強迫症のモデルには、強迫症の悪循環にそれまでの人生の中で生まれた価値観(Early experiences)というものが含まれます。
幼少期の体験と強迫症にはどの様な関係があるのでしょうかいくつか文献を調べてみました。
文献紹介
Briggs & Prince (2009)は、313名の健康な男女に対して、強迫症の症状の強さを調べるアンケート(VOCI)、強迫症者が持つ考え方の癖を調べるアンケート(OBQ)、幼少期のトラウマを調べるアンケート(CATS)等に回答してもらいました。その結果、幼少期のトラウマ体験が全般的な不安感を高め、体験の回避、強迫症者が持つ考え方の癖を媒介し、現在の強迫症の重症度に影響していることを見出しました。
Poletti et al(2012)は、40名の強迫症患者を調べ、ACEスコアの高低によって、強迫症の症状の強さ(Y-BOCS)が変わらないことを見出した。
ドイツでは、Fricke et al(2007)が、41名の強迫症入院患者に対して、幼少期のトラウマの有無を調べた。その結果、1/3以上の患者が性的暴力および/または身体的虐待の経験を報告し、半数以上が精神的虐待および/またはネグレクトを報告した。幼少期のトラウマは、精神障害・うつ病・強迫症の重症度と関連していたが、治療の成功に対する負の影響は示されなかった。
オランダでは、Visser et al (2012)が、the Netherlands Obsessive Compulsive
Disorder Association (NOCDA) study と呼ばれる大規模なコホート研究より得られた281名の強迫症患者の分析を行っている。身体的虐待・精神的虐待・性的虐待・ネグレクトのうち、性的虐待のみが強迫症の重症度と弱い相関関係にあることを見出した。
Hemmings et al (2013)は、134名の強迫症患者と、188名の健常者を比較した。精神的虐待、身体的虐待、性的虐待、感情的ネグレクト、身体的ネグレクトの5つの項目のうち、精神的虐待、感情的ネグレクトがあると強迫症の発症確率が高いことが示された。
Gershuny et al (2007)は、OCDの専門治療を受けた人の中から難治性の強迫症害患者104名を抜き出し分析を行った。その結果、82%がトラウマを報告し、39%がPTSDの基準をみたした(トラウマがあると報告したものの50%がPTSDに該当した)。
Shavitt et al (2009)は、219名の強迫症患者をグループ認知行動療法(n=147)、SSRI単独療法(n=72)に振り分けて治療をしました。219名の患者のうち、28名がトラウマの既往を持ち、22名がPTSDの診断基準を満たしていた。12週間の治療の後、Y-BOCSスコアにより治療の効果を測定した。その際、強迫症+トラウマ群とそれ以外の強迫症患者の比較、強迫症+PTSD群とそれ以外の強迫症患者の比較を行った。その結果、PTSDを満たさないトラウマは治療の転機に影響を及ぼさないことが示された。PTSDを持つと、グループ認知行動療法、SSRIの治療効果が高くなることが示された。
まとめ
研究上は、幼少期のトラウマがすぐに強迫症の発症リスク、重症度を高めているわけではないようです。ただし、幼少期のトラウマがあると抑うつ・不安の症状が出現しやすく、結果的に強迫症の重症度を高めているということがありそうです。
また、トラウマがあっても認知行動療法の効果に変わりはないようです。一方で、難治性の強迫症では、何らかのトラウマ体験を持っている場合が多いという可能性も示されました。
実際の臨床ではどうなのかというと、過去の何らかの体験が強迫症の発症や侵入思考が強迫観念化する過程に非常に関わっているように感じる場合があります。
また、幼少期の体験が完璧主義を生み出したり、慢性的な不安感を生み出し、その部分が強迫症の症状をお仕上げているように感じるときがあります。トラウマの治療をしても、強迫症そのものの改善は非常に限定的ですが、この部分に関してはトラウマの治療をしていくことで緩和することができるように思います。
参考文献
- Eric S.BriggsIan R.Price 2009 The relationship between adverse childhood experience and obsessive-compulsive symptoms and beliefs: The role of anxiety, depression, and experiential avoidance. Journal of Anxiety Disorders Volume 23, Issue 8, December Pages 1037-1046
- Sara Poletti, Francesco Benedetti, Enrico Smeraldi, Daniele Radaelli, Andrea Falini, Chiara Giacosa, Chiara Ruffini 2012 Caudate Gray Matter Volume in Obsessive-Compulsive Disorder Is Influenced by Adverse Childhood Experiences and Ongoing Drug Treatment. Journal of Clinical Psychopharmacology & Volume 32, Number 4, August
- Fricke S. · Köhler S. · Moritz S. · Schäfer I. 2007 Frühe interpersonale Traumatisierungen bei Zwangserkrankungen: Eine Pilotstudie. Verhaltenstherapie 17 (4), 243-250
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- Roseli Gedanke Shavitt, Carolina Valério, Victor Fossaluza, Elizabeth Meyer da Silva, Quirino Cordeiro, Juliana Belo Diniz, Cristina Belotto-Silva, Aristides Volpato Cordioli, Jair Mari & Eurípedes Constantino Miguel 2009 The impact of trauma and post-traumatic stress disorder on the treatment response of patients with obsessive-compulsive disorder. European Archives of Psychiatry and Clinical Neuroscience volume 260, pages91–99