自分にトラウマがあるかを判断する方法は、実はかなり難しいと思います。これは、トラウマの症状・長期的な影響がよく知られていないためです。今回は、その目安になることを紹介します。
小さい頃の苦しい出来事
小さい頃の苦しい体験の目安になるものとして、幼少期の逆境体験(ACE)というものがあります。ACE研究の中で指摘されている項目は下記です。
- 身体的な暴力を繰り返し受けていた(なぐる・ける等)。
- 心理的な暴力を受けていた(暴言、ののしられる等)
- 親に無視されていた(学校に行かせてもらえない、食事を作ってもらえない)
- 性的な暴力を受けていた(セクシャル・ハラスメントなどを含む)
- 家族にアルコールや薬物依存症の人がいた。
- 家庭内暴力を目撃していた。
- 家族にうつ病、統合失調症の人や、自殺の危険性がある人がいた。
- 両親のどちらかがいなかった。
- 家族が服役していた。
このような項目に心当たりがある場合は、現在の生活の中にもトラウマによる影響が出ている場合があります。ただし、「ここまでひどくないけれど、きつかった」と思う方は、やはり症状をチェックしてみると良いでしょう。上記の様な体験をしていなくても、トラウマの症状が出ることが多いからです。
幼少期の逆境体験によって発症リスクが高まる精神科の病気は下記になります。
- 依存症(物質使用障害)
- 原因不明の身体的不調が続く身体症状症
- 摂食障害
- 解離症
- 境界性パーソナリティ障害
- PTSD
- うつ病
- 不安症/強迫症/ためこみ症
上記の精神疾患を持ち、ACEに上げた項目が該当する方は、その繋がりを考えていく必要があります。
また、最近は、親が発達障害を持っているケースが非常に多いのです。そのような場合もトラウマの症状が出やすくなります。下記のような症状は、これまで「PTSD」「解離症」「境界性パーソナリティ障害」として考えられていたものを含んでいます。最近は、「発達性トラウマ障害」としてまとめる傾向にあります。また、ここでは触れませんが、下記の症状が増えると必然的に発達障害のように見える行動が増えてきます。
トラウマの治療では、下記の症状を緩和・改善していくということになります。
身体の症状
トラウマは、緊張・過覚醒が常に続くために身体的な不調が出やすい状態になります。
特定の身体疾患がある
小さい頃の苦しい体験があると、身体疾患のリスクが高まることも知られています。その疾患とは、下記になります。これらの疾患で長く苦しんでいる場合も、トラウマについて考えていくと症状が軽くなるヒントが見えてくる場合があります。
- 線維筋痛症
- 慢性疼痛
- 顎関節症
- 慢性疲労症候群
- 過敏性腸症候群
- 機能性ディスペプシア
小さい頃から原因不明の身体症状に悩む
よく出てくるのは、「嘔気」、「発熱(特に微熱)」、「頭痛」、「腹痛」などです。これらが、慢性的に続き、なおかつ医学的にも原因不明な場合は、トラウマによる影響を考えてみる価値がある状態になります。
身体感覚に関する異常
この症状は解離症を持っている場合、よく出現します。体の中をさらさらとなにかが流れていくような感覚、頭が膨れて大きくなっていく、体の大きさが大きくなったり、小さくなったりする、体を虫が這うような感覚などがあります。
侵入症状
PTSDの中核的な症状でもあります。過去の体験が今に出てくるものです。
過去の記憶を思い出す
いわゆる、フラッシュバックと呼ばれる現象です。もっとも強烈な症状の場合、突然、過去にタイムスリップしたかのように錯覚して、過去の体験を今まさに体験します。
フラッシュバックは、抑うつ的な状態になった時にのみ出てくる方もいますし、1日のうちに何回も出てくる人もいます。
もともと、フラッシュバックは侵入症状と呼ばれ、なんのきっかけもなく思い出されるものですが、思い出すきっかけがあるとフラッシュバックを起こす場合もありますし、治療が進めばだんだんと思い出すきっかけが分かるようになります。
得体のしれない不安・怒り・抑うつに突然襲われる
フラッシュバックは、五感に関する情報(映像、音、匂い、身体感覚、味)を伴って思い出されることが多いのですが、幼少期のトラウマなどの場合は、これらの五感に関する情報を伴わない感情だけのフラッシュバック(エモーショナル・フラッシュバック)があります。
エモーショナル・フラッシュバックは、見過ごされやすいのですが、トラウマがよくなっていない非常に重要な症状です。
特に抑うつが突然あらわれ、突然消えたりするため、双極性障害のように診断を受けている場合もあります。他にも、ある日突然、急に元気になって人生が明るくなるような感覚に襲われることもあります。
特定の場面で異常に不安・怒り・抑うつに襲われる
上記と似ていますが、この状態は、現在の感情に過去の感情がのっかるという形で出現するので、より分かりにくいと思います。長男にだけ異常に怒ってしまう、台所に立っているとなぜか焦ってくるなどのように、特定の場面で圧倒されるような感情に襲われて苦しくなっている状況がこれに当たります。これも、エモーショナル・フラッシュバックの一種です。
侵入症状は軽いとフラッシュバックのように分かりやすいのですが、重症化・慢性化してくるとトラウマの記憶が断片化してくるので、過去の記憶を思い出していると気づかないことも多くあります。「そこには、本来ないはずの感情」に気づいたら、なにかないか考えてみることが重要です。
過覚醒
PTSDの症状として、過覚醒というものがあります。フラッシュバックが頻繁に起こっていると、脳の中の警報装置が切れず、また警報装置が入りやすくなります。そのため、下記のような症状が出てきます。
- 大きな音が怖い
- ちょっとしたことで、びっくりする
- リラックスすることが怖い、ドキドキしてくる
- ザワザワした場所、ラジオの音、光がまぶしい場所が苦手
また、リラックスをするとフラッシュバックをする前のぞわぞわした感覚が出てくるために、リラックスすることが怖くなってしまいます。
感情に関するもの
トラウマがあると、自分の身体感覚に関する気づきが少なくなるので、感情麻痺に陥ります。一方で、フラッシュバック・過覚醒のような症状で感情の波も出てきます。ここでは、感情にまつわる問題をまとめてみました。
- 感情の波が激しい/ちょっとしたことで、不安・怒り・抑うつ状態になる(感情調整困難)
- 人と物理的に繋がっていないと不安になる(見捨てられ不安)
- 孤独感が埋まらない/寂しさが消えない(慢性的な空虚感)
- 自分は駄目だ/おかしい/気持ちが悪いという感覚
- 自分はなにもできないという感覚
- 感情が遅れてやってくる/自分の感情が分からない/涙を流しても理由が分からない
- 自分がなにがしたいのか、なにが苦しいのかわからない
- 「自分が何を好きか?」ではなく、「自分が何を好きと言えば、周囲が喜んでくれるか?」で考えてしまう
- 嬉しい、楽しい、大事にされているという感覚が分からない
- 人と繋がっている感じがしない
- 「誰も自分のことは分かってくれない」という感じが抜けない
- ネガティブな感情はよく分かる
- 現実的には起こりそうにもないことが異常に不安になる
- 完璧主義/完璧ではない自分は駄目だ
このように感情的に不安定で過敏さもある一方で、周囲の人が優しくしてしまっても、周囲を振り回してしまうために、周囲との人間関係が壊れてしまう場合も非常に多くあります。
この項目にまとめられている症状は、慢性的なトラウマを持つ人の中核的な症状であり、境界性パーソナリティ障害として考えられていた症状です
ポジティブなものがネガティブになる
慢性的なトラウマの渦中にいると、ポジティブなものがネガティブを予測するものとして機能してしまいます。そのために、下記のような症状が出てきます。このような現象は、心理的逆転と呼ばれることもあり、日常生活の中で非常に困る症状の一つです。
- 頑張ろうとしているときに、急にやる気を無くす/自分はなにもできないと思う
- 成功しそうと思うと、壊したくなる
- 人と仲良くなると、その人との関係を壊したくなる
- 楽しくしていると急に怖くなる
対人関係に関するもの
トラウマは、対人関係に関する被害が多いものです。そのため、トラウマの症状としても人に対する症状があります。
- 人の感情が流れ込むように分かる(特にネガティブな感情)
- テレビ・ドラマなどで感情移入しすぎる
- 対人関係で感受性が強すぎる/傷つきやすい
- 人から見られている/攻撃されそう
- 人といると、相手のことを気にしてしまい、異常に疲れる
- 人が自分に求めていることが分からないと不安になる
- 人に「愛されない」「分かってもらえない」感覚
- 人に無理な要求をする
- 人の失敗を許せない
これらの症状に共通するものは、「人は人、自分は自分」という壁が壊れてしまっているという状態です。この壁は、トラウマを契機に破壊されてしまいます。治療では自分と他人の責任についてしっかりと整理をして、壁を作っていきます。
人がいないのに人がいる気配がする
この症状は、気配過敏症と呼ばれます。解離症がある方に多い症状です。人によっては、その「なにか」を視認できる場合もあります。その場合は、「霊が見える」と感じているときもあります。専門的には、実態的意識性と呼びます。
記憶に関する問題
複雑なトラウマになるほど、記憶に関する症状も非常に多くあります。基本的に記憶が欠落することが多いのですが、記憶力が良すぎるという面も持っています。
- 過去の人生の一部分が思い出せない。当時の話を聞いても他人のこと用に感じる
- 気づいたら、「今、ここにいる」という感覚/過去がない
- 気がついたら、リストカットをしているなど、記憶がない期間になにかの行動をとっている(解離性健忘)
- 昨日のことなど、最近経験したことが、夢のように色あせて思い出せなくなる
- 異常に過去のことを鮮明に覚えている。記憶力が良すぎて困る
- 憑依されてしまい、記憶が飛ぶことがある
- 人格が入れ替わる(解離性同一症)
- 感情的になった際になぜ怒ったのか/怒ったという事実すら忘れる
自己認識
慢性的なトラウマは、「自分」という存在をも壊してしまいます。その影響で下記のような症状が出現します
- 鏡を見るのが気持ち悪い/怖い
- 過去の写真を見ても自分じゃないように感じる
- 自分が透明な感じ/自分がない感じ
- その場その場の自分しかおらず、自分が繋がっていかない
- 人生の中で、突然キャラ変してしまう時期がある
解離性同一症
自分に関する症状、記憶に関する症状が強くなると解離性同一症のような要素が増えてきます
- 自分の中に人がいる
- 「モード」が切り替わる
- 今まで持っていた感情がすっぱりと消える/なくなる
- 人格が切り替わる
感覚の異常
- 幻聴/幻視がある
- 霊的な体験がある
解離症では、小さな頃から、虫などの幻視が見えていることがあります。
現実感の喪失・離人感
解離症で非常によく出現する症状ですが、PTSDにおいてもよく出てくる症状でもあります。
- 夢がリアル(色がついている、触った感じがある)
- 夢で起こったことが現実にも起こっているように感じる
- 正夢をよく見る
- デジャブ(既視感):一度も経験したことないことが経験したことのように感じる
- メジャブ( 未視感 ):見慣れたものが見慣れないものに感じる
- 現実感がなくなる、世界が作り物のようなものに感じる
- 幽体離脱(体外離脱体験)
再演
複雑なトラウマは、行動パターンとして、トラウマの渦中にある状態を再び繰り返すような行動を取ることがあります。この様な行動を「再演」と呼びます。
- 残虐な動画、陰鬱なものに惹かれやすい
- 人を警戒しているはずなのに、悪い人に騙される/悪い人がよってくる(DV、ハラスメント等)
- リストカットなどの自傷行為をする
- 自分が親にされてきた態度を人/子供にしてしまう
- 人に厳しすぎる/人の失敗に対し、異常が怒りが出る
- 自分がけなされている方が落ち着く、ふさわしい感じがする