2つのPTSDと感覚処理

PTSD トラウマ
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トラウマ体験は、私たちの心に深く、そして長く残る傷を残すことがあります。フラッシュバック、悪夢、絶え間ない不安感、人や場所を避ける行動… これらは心的外傷後ストレス障害(PTSD)の代表的な症状として知られています。しかし、トラウマの影響は、私たちの「心」や「記憶」だけに留まるものではありません。近年の研究は、トラウマが私たちの感覚の処理の仕方、つまり、私たちが世界をどのように感じ、身体内部の状態をどのように捉えているかに、根本的な変化を引き起こす可能性を強く示唆しています。

この記事では、PTSDを「感覚処理」というレンズを通して理解しようとする、比較的新しい、しかし非常に重要な2つの研究視点(Harricharan et al., 2021; Kearney & Lanius, 2022)を深く掘り下げていきます。これらの研究は、なぜトラウマ体験者が世界を脅威的に感じたり、逆に現実感なく感じたりするのか、なぜ自分の身体なのにまるで自分のものではないように感じてしまうことがあるのか、その神経生物学的なメカニズムに光を当てています。そして、これらの理解が、より効果的な治療法への道を開く可能性を秘めているのです。

トラウマと「感覚」

私たちは常に、五感を通して外部の世界から情報を受け取り、同時に身体の内部からもたらされる様々な感覚(心臓の鼓動、呼吸、筋肉の緊張、空腹感、感情に伴う身体の変化など)を感じながら生きています。これらの感覚情報は、私たちが自分自身と世界を認識し、状況に適応して行動するための基礎となります。

しかし、PTSDを抱える人々にとって、この感覚情報の処理プロセスが正常に機能しなくなることがあります。大きく分けて二つの対照的な状態が見られます。

  • 感覚過敏(Hyper-sensitivity):
    • 些細な物音、光、人の動き、特定の匂いや味、触覚などに対して過剰に反応してしまう。
    • 常に警戒態勢にあり、周囲の刺激を脅威として捉えやすい(過覚醒)。
    • トラウマに関連する刺激(トリガー)に対して、強い情動反応やフラッシュバックが引き起こされる。
    • 身体内部の感覚(心拍数の上昇、筋肉の緊張など)が常に高まっており、不安やイライラを感じやすい。
  • 感覚鈍麻(Hypo-sensitivity):
    • 外部からの刺激に対して反応が鈍くなる。周囲の世界が現実味を帯びず、まるで夢の中にいるように感じられる(現実感消失)。
    • 自分の身体なのに、どこか他人事のように感じられたり、身体から意識が離れているように感じられたりする(離人感)。
    • 感情を感じにくくなり、喜怒哀楽が乏しくなる(感情麻痺)。
    • 痛みや身体的な不快感を感じにくくなることがある。
    • 「自分が自分でない感じ」「身体が自分のものでない感じ」といった解離症状を伴うことが多い。

特に、感覚鈍麻や解離症状は、PTSDの中でも解離性サブタイプと呼ばれる一群の人々によく見られます。これは、PTSD全体の約14~30%を占めるとされ、幼少期の虐待や繰り返しトラウマ体験にさらされた場合に関連が深いと言われています(Harricharan et al., 2021)。

なぜ、トラウマはこのような感覚処理の極端な変化を引き起こすのでしょうか?その答えの鍵は、私たちの脳の神経回路の変化にあると考えられています。

内部と外部からの感覚情報処理の変容(Harricharan et al., 2021)

Sherain Harricharanとその共同研究者ら(2021)は、PTSDを理解する上で、内受容感覚(Interoception)外受容感覚(Exteroception)という2種類の感覚情報の処理がどのように変化しているかに注目しました。

  • 内受容感覚(Interoception): 身体の内部状態に関する感覚。心拍、呼吸、体温、内臓の動き、痛み、かゆみ、空腹感、満腹感、そして感情に伴う身体的な感覚(例:恐怖で心臓がドキドキする、悲しみで胸が締め付けられる)などが含まれます。これは、私たちが自分の感情状態を認識し、身体の恒常性を維持するために不可欠です。
  • 外受容感覚(Exteroception): 外部環境に関する感覚。視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚、そして自己の位置や動きに関する固有受容感覚や前庭感覚などが含まれます。これは、私たちが周囲の状況を把握し、ナビゲートするために重要です。

健常な状態では、これらの感覚情報は脳内でスムーズに統合され、私たちは自分自身と世界について一貫した認識を持つことができます。Harricharanらは、この情報処理プロセスにおける主要な神経回路として、脳幹(Brainstem)島皮質(Insula)前頭前野(Prefrontal Cortex)の連携を挙げています。

  1. 脳幹(Brainstem):
    • 全ての感覚情報の最初の入り口。生の感覚データ(内受容・外受容)を受け取る。
    • 中脳水道周囲灰白質(PAG)や上丘(SC)といった部位は、脅威に対する原始的な反応(闘争・逃走・凍り付き)や注意の方向付けに関与する。生の情動(Raw Affect)を生み出す基盤。
    • PTSDでの変化(特に古典的タイプ): 脳幹部、特にPAGやSCが過剰に活動しやすくなる。これにより、些細な刺激にも強い恐怖反応や警戒反応が引き起こされ、常に「アラームシステム」が作動しているような状態になる。
  2. 島皮質(Insula):
    • 脳幹から送られてきた内受容感覚情報を統合し、身体内部の状態に対する「気づき」や「感情の感覚(Feeling)」を生み出す重要な領域。内受容感覚の推論(Interoceptive Inference)を行う。
    • 外受容感覚情報とも統合され、主観的な経験の形成に関わる。
    • PTSDでの変化:
      • 古典的PTSD: 島皮質が過活動になりやすい。身体感覚への過剰な意識や、強い情動反応に関与する可能性がある。
      • 解離性サブタイプ: 島皮質の活動が低下する。これにより、身体感覚や感情に対する気づきが乏しくなり、離人感や感情麻痺が生じる可能性がある。
  3. 前頭前野(Prefrontal Cortex):
    • 脳の最高司令塔。島皮質などから送られてきた多様な感覚情報を統合し(多感覚統合)、文脈を理解し、状況に応じた適切な判断、情動のコントロール(情動調節)、目標に基づいた行動計画を行う。
    • 特に背外側前頭前野(dlPFC)は、感情的な出来事の意味を再評価し、ネガティブな感情を抑制するトップダウン制御に重要。
    • PTSDでの変化:
      • 古典的PTSD: 前頭前野、特に情動調節に関わる領域の活動が低下し、脳幹や扁桃体などの情動中枢に対するトップダウン制御が効きにくくなる。これにより、感情のコントロールが困難になり、衝動的な行動や過覚醒が助長される。
      • 解離性サブタイプ: 前頭前野が逆に脳幹や扁桃体などの下位中枢を過剰に抑制する役割を果たす可能性がある。これにより、感情や身体感覚が遮断され、解離症状が生じると考えられる。

Harricharanらは、この神経回路の変化が連鎖反応(カスケード効果)を引き起こし、高次の認知機能(情動調節、社会的認知、意思決定など)に広範な影響を与え、最終的にトラウマ後の個人の世界に対する知覚や関わり方を根本的に変えてしまうと論じています。

統合モデルの提案

彼らは、感覚処理の階層モデルを提案しています。

  1. レベル1:脳幹 – 感覚の現象学的経験
    • 生の感覚情報(内部・外部)が入力され、原始的な情動や覚醒反応が引き起こされる。
  2. レベル2:島皮質 – 感覚経験の意識化
    • 脳幹からの情報が島皮質に送られ、内受容感覚の推論を通じて、感情の「感覚」や身体状態への「気づき」が生まれる。
  3. レベル3:前頭前野 – 感覚経験の文脈化と統合
    • 島皮質からの情報が前頭前野に送られ、他の情報(記憶、状況判断など)と統合されることで、感覚経験に意味が付与され、情動調節や適応的な行動選択が可能になる。最終的に「具現化された自己(Embodied Self)」、つまり身体と結びついた自己感覚が形成される。

PTSDでは、この階層的な情報の流れが、脳幹レベルでの過剰反応や、島皮質・前頭前野レベルでの機能不全または過剰抑制によって妨げられ、感覚情報が適切に統合・処理されなくなります。その結果、世界は脅威に満ちた場所として感じられたり(過敏性)、逆に現実感のない、自分とは切り離されたものとして感じられたりする(鈍麻性・解離)のです。

この視点は、PTSDの症状を、単なる「記憶」の問題ではなく、より根本的な「感覚情報の処理と統合」の問題として捉え直す必要性を示唆しています。

脳と身体の切断と体性感覚の役割(Kearney & Lanius, 2022)

Breanne E. KearneyとRuth A. Lanius(2022)は、Harricharanらの視点をさらに発展させ、特に体性感覚(Somatic Sensation)、すなわち前庭感覚(Vestibular Sensation)(狭義の)体性感覚(Somatosensory Sensation)の重要性を強調し、トラウマが「脳と身体の切断(Brain-Body Disconnect)」を引き起こすという観点からPTSDを論じています。

  • 前庭感覚: 内耳にある器官(三半規管、耳石器)で感知される、重力や頭部の加速度、回転に関する感覚。バランス維持、空間における自己位置の把握、眼球運動の制御に不可欠。
  • 体性感覚(狭義): 皮膚、筋肉、関節などから得られる感覚。触覚、圧覚、温度覚、痛覚、そして身体部位の位置や動きに関する固有受容感覚が含まれる。

Kearneyらは、これらの体性感覚が、私たちが「身体を持つ存在」として世界に根ざし、安定した自己感覚を育むための最も基本的な土台であると主張します。

系統発生と個体発生からの視点

彼らは、生物の進化(系統発生)と個人の発達(個体発生)の視点を取り入れ、体性感覚系の根源的な重要性を強調します。

  • 最も古い感覚系: 前庭感覚や体性感覚は、視覚や聴覚よりも系統発生的に古く、生物が移動し、環境と相互作用するための基本的な機能として最初に発達しました。脳の発達も、生命維持や原始的な情動に関わる脳幹から、より複雑な情動や記憶に関わる辺縁系、そして高次認知機能を担う新皮質へと階層的に進みます。体性感覚はこの最も基盤となる脳幹レベルでの処理に深く関わっています。
  • 発達の基盤: 胎児期において、前庭感覚は最も早く発達する感覚であり、母親の動きや羊水の流れによる体性感覚刺激は、脳の発達に不可欠な役割を果たします。出生後も、抱っこされたり、揺らされたりといった身体的な接触や動きを通じて、乳児は安心感を獲得し、自己と他者の境界を学び、自己の身体感覚を発達させていきます。

愛着と体性感覚:共同調節の重要性

Kearneyらは、アタッチメント理論と体性感覚を結びつけ、安全な愛着関係の基盤に身体的な共同調節(Somatic Co-regulation)があると指摘します。

  • 安全な愛着: 養育者が乳児の泣き声や身体的なサインに気づき、抱っこしたり、優しく触れたり、リズミカルに揺らしたりすることで、乳児の生理的な興奮(覚醒レベル)や情動を落ち着かせます。この「共同調節」を通じて、乳児は身体的な安心感と安全感を経験し、それが他者への信頼と安定した自己感覚の基盤となります。体性感覚(特に心地よい触覚や前庭感覚)は、このプロセスにおいて中心的な役割を果たします。
  • 不安定な愛着: 虐待やネグレクト(養育放棄)など、トラウマ的な養育環境では、この共同調節が欠如したり、むしろ身体的接触が恐怖や苦痛と結びついたりします。心地よい体性感覚経験の欠如や、逆に侵害的な体性感覚経験は、脳幹レベルでの感覚統合を阻害し、情動調節能力の発達を妨げ、トラウマに対する脆弱性を高める可能性があると彼らは主張します。オキシトシンの分泌が、心地よい触覚によって促進されること、そして幼少期のトラウマ体験がオキシトシンレベルの低下と関連することも、この視点を裏付けています。

脳幹・中脳の役割:PAGと防御反応

Kearneyらは、Harricharanらと同様に脳幹・中脳の重要性を指摘しますが、特にPAG(中脳水道周囲灰白質)の役割を詳細に論じています。PAGは、感覚情報を受け取り、それに情動的な価値(快・不快、安全・危険)を付与し、状況に応じた防御反応(闘争・逃走、凍り付き、シャットダウン/解離)を組織化する中心的な役割を担っています。

  • トラウマ体験時、PAGは強烈な恐怖や無力感に関連する信号を処理し、生存のための防御反応を発動させます。
  • しかし、トラウマが慢性的であったり、圧倒的であったりすると、この防御反応が適切に完了せず、「凍り付き」や「シャットダウン」の状態が持続したり、トラウマ後も些細なことで再活性化したりすることがあります。これは、身体レベルでの「未完了の反応」として残り、PTSD症状の持続に関与すると考えられます。

「脳と身体の切断」:過剰変調と過小変調

Kearneyらは、PTSDにおける感覚処理の問題を、「変調(Modulation)」という概念を用いて説明します。これは、脳が感覚入力の強度や流れを適切に調整する能力を指します。

  • 過剰変調(Overmodulation)/トップダウン優位: 解離性サブタイプで見られる状態。トラウマによる圧倒的な感覚や感情から自己を守るため、前頭前野などの高次中枢が、PAGを含む脳幹・中脳からのボトムアップ信号を過剰に抑制します。その結果、身体感覚や感情が「シャットダウン」され、現実感消失、離人感、感情麻痺といった解離症状が生じます。これは「脳が身体から切り離された」状態と言えます。
  • 過小変調(Undermodulation)/ボトムアップ優位: 古典的PTSDで見られる状態。脳幹・中脳レベルでの原始的な恐怖反応や覚醒システムが過剰に活動し、前頭前野によるトップダウン制御がうまく機能しません。その結果、些細な刺激にも過剰に反応し、情動の嵐に飲み込まれ、身体感覚に圧倒されてしまいます。これは「身体が脳を乗っ取った」状態とも言えます。

この「脳と身体の切断」という視点は、PTSDが単なる精神的な問題ではなく、身体感覚との繋がりが失われ、自己という存在の根幹が揺らいでしまう状態であることを浮き彫りにします。

二つの視点の統合:より深いPTSD理解のために

Harricharanら(2021)とKearneyら(2022)の研究は、それぞれ異なる角度からPTSDにおける感覚処理の問題に光を当てていますが、決して対立するものではなく、むしろ相互補完的な関係にあります。

  • 共通の土台: 両研究とも、PTSDの根源に感覚処理の異常があり、特に脳幹レベルでの機能不全が重要な役割を果たしていることを指摘しています。また、ボトムアップ処理の重要性、感覚処理異常が高次機能へ与える影響、古典的タイプと解離性サブタイプの神経基盤の違いといった点でも共通しています。
  • 焦点の違い:
    • Harricharanらは、内受容感覚と外受容感覚全般の処理と、脳幹-島皮質-前頭前野という主要な神経回路に着目し、情報の流れと統合の障害を詳細に記述しました。
    • Kearneyらは、より体性感覚(前庭感覚・狭義の体性感覚)に焦点を絞り、これが自己感覚、情動調節、愛着形成の最も基本的な土台であることを、系統発生・個体発生の視点から深く掘り下げ、「脳と身体の切断」という概念とPAGの役割を強調しました。
  • 補完関係: Kearneyらが強調する体性感覚は、Harricharanらが論じる広範な感覚処理システムの基盤を形成していると考えることができます。安定した身体感覚(前庭感覚による安定性、心地よい触覚による安心感、固有受容感覚による身体認識)は、私たちが内受容感覚(感情を含む)を安全に感じ、外部世界からの情報を脅威として過剰に解釈することなく受け入れるための土台となります。この土台がトラウマや不安定な愛着によって損なわれると、Harricharanらが指摘するような脳幹-島皮質-前頭前野の回路における情報処理の歪みが生じやすくなる、という関係性が考えられます。

両者の視点を統合することで、PTSDは、単に過去の出来事の記憶に苦しむだけでなく、「今、ここ」での感覚経験そのものが変容し、身体との繋がりが失われ、自己と世界の認識が歪んでしまう状態として、より深く理解することができます。

感覚処理に焦点を当てた治療アプローチ

これらの新しい理解は、PTSDの治療に対しても重要な示唆を与えます。従来の認知行動療法なども有効な治療法ですが、特に解離症状が強い場合や、感情や身体感覚へのアクセスが難しい場合には限界があることも指摘されています。感覚処理の異常という視点は、身体感覚へのアプローチ(ボトムアップ・アプローチ)の重要性を強調します。

Kearneyら(2022)は、体性感覚処理に働きかける様々な治療アプローチを紹介しています。

  • センサーリモター心理療法(Sensorimotor Psychotherapy): 身体感覚、動き、姿勢への気づきを通して、トラウマによる未完了の防御反応を完了させ、自己調整能力を高めることを目指します(Ogden et al., 2006)。
  • ソマティック・エクスペリエンシング(Somatic Experiencing®): 身体感覚を丁寧に追跡し、トラウマによって神経系に閉じ込められたエネルギーを解放することを目指します(Levine, 2010)。
  • EMDR(眼球運動による脱感作と再処理法): 眼球運動などの両側性刺激を用いながらトラウマ記憶を処理することで、記憶の再統合を促し、情動的な苦痛を軽減します。脳幹レベルでのリラクゼーション反応や多感覚統合に関与する可能性が示唆されています(Shapiro, 1995; Harricharan et al., 2019)。
  • ニューロフィードバック: 脳波(EEG)をリアルタイムでモニターし、特定の脳活動パターン(例:リラックス状態に関連するα波)を増やすようにトレーニングすることで、脳機能の自己調整能力を高めます。特にα波ニューロフィードバックは、PTSD症状の軽減や脳ネットワークの正常化に効果がある可能性が示されています(van der Kolk et al., 2016; Nicholson et al., 2020a)。
  • ヨガ(特にトラウマ・センシティブ・ヨガ): マインドフルな動きと呼吸を通じて、身体感覚への気づきを安全に促し、自己調整能力と身体への信頼感を育みます(Emerson & Hopper, 2011; van der Kolk et al., 2014)。
  • 馬介在療法(Equine Assisted Therapy): 馬との非言語的な相互作用(グルーミング、乗馬など)を通じて、安心感、信頼感、自己効力感を育み、身体的な共同調節を体験します(Lentini & Knox, 2015)。
  • 表現アートセラピー(Expressive Arts Therapy): 音楽、ダンス、絵画、演劇、文章表現などを通じて、言葉にならないトラウマ体験を身体的・感覚的に表現し、処理することを目指します(Malchiodi, 2020)。
  • プレイセラピー(遊戯療法): 子供にとって、遊びは感覚運動的な探求と感情表現の重要な手段です。安全な環境での遊びを通じて、体性感覚的な共同調節を促し、トラウマ体験を処理します(Crenshaw & Kenney-Noziska, 2014)。

これらのアプローチは、言葉や認知(トップダウン)だけに頼るのではなく、身体感覚や動き(ボトムアップ)に働きかけることで、「脳と身体の切断」を修復し、失われた繋がりを取り戻すことを目指します。重要なのは、多くの場合、トップダウンとボトムアップのアプローチを統合することです。身体感覚への気づきを安全に促しながら、同時にその経験に意味を与え、認知的な理解を深めていくことが、持続的な回復につながると考えられます。

まとめ:感覚から繋がる自己と世界

PTSDは、単なる過去の記憶の問題ではなく、「今、ここ」における感覚処理の根本的な変容であり、それが自己と世界の認識、そして他者との関わり方を深く歪めてしまう状態である、という新しい理解が深まっています。

Harricharanら(2021)の研究は、内部感覚と外部感覚の処理に関わる脳幹-島皮質-前頭前野回路の機能異常を明らかにしました。一方、Kearneyら(2022)の研究は、特に体性感覚(前庭感覚・体性感覚)が自己感覚、情動調節、愛着の基盤であり、トラウマが「脳と身体の切断」を引き起こすメカニズムを、発達とPAGの役割から解き明かしました。

これらの知見は、私たちがトラウマを理解し、支援する方法に大きな変革をもたらす可能性を秘めています。トラウマからの回復とは、単に辛い記憶を克服することだけではなく、歪んでしまった感覚の世界を再調整し、失われた身体との繋がりを取り戻し、再び世界と安全に関わるための身体的な基盤を再構築していくプロセスでもあるのです。

感覚処理という視点は、時に言葉にならないトラウマの苦しみを理解するための重要な手がかりを与えてくれます。そして、身体感覚に丁寧に耳を傾け、それを安全に体験し、統合していくアプローチが、回復への確かな一歩となることを示唆しているのです。今後の研究と臨床実践が、この分野の理解をさらに深め、トラウマに苦しむ人々が再び「生きている実感」を取り戻すための、より効果的な支援に繋がることを期待します。

引用文献

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