複雑性PTSDとは?

PTSD トラウマ
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ICD-11と呼ばれるWHOが出す国際的な医療の診断基準が2018年に発表されました。その中で、トラウマに関する新たな診断基準として複雑性PTSDと呼ばれる診断名が登場するようになりました。ここでは、この複雑性PTSDに関して詳しく解説します。

複雑性PTSDができるまで

PTSDがベトナム戦争帰還兵の研究や、レイプ後に起こるレイプトラウマ症候群などの研究をまとめる形で、1980年にDSM-Ⅲに初めて登場しました。

その後、精神科医Judith Herman(1992)が様々な臨床研究の中で「Complex PTSD」という名前で、複雑性PTSDの概念を提案しています。この中で、Hermanは持続的・繰り返し生じるトラウマが生じると通常のPTSDとは違った症状が出現することを指摘しています。その症状は、身体的な問題、感情的な問題、行動的な問題、対人関係に関する問題などです。しかし、この概念は診断基準には反映されませんでした。

その後、DSM-IVが作成される際、van der Kolkらによって、DESNOS(disorder of extreame stress not otherwise specified)という概念が提唱されました。このDESNOSは、フィールドトライアルと呼ばれる、疫学調査が行われました。しかし、DESNOSはPTSDの診断を満たしていることが多く、結果的に「PTSDとDESNOSを分ける必要がない」という結論にいたり、DSM-IVには反映されませんでした。

その後、DSM-5では、Cloitreらによる疫学調査等がありましたが、同様の理由で反映されませんでした。一方で、Laniusらによる功績であるPTSDのサブタイプとして解離型と呼ばれるサブタイプがDSM-5には乗ることになりました。

DSM-5に複雑性PTSDが採用されなかった理由は、「DSM-5の作成委員会が新しい診断基準を採用するためには採用に足る非常に強力な科学的根拠が必要でないと採用しない」という保守的な姿勢で作成されたためでした(飛鳥井, 2019)。

複雑性PTSDの診断基準

ICD-11にある記述では、複雑性PTSDは一つまたは繰り返されるトラウマ体験によって引き起こされるとされています。例えば、拷問、奴隷、大虐殺、長期的な家庭内暴力、長期的な性的虐待・身体的虐待です。

そして、PTSDの診断基準を満たす必要があります。ICD-11のPTSDは出来事に関する記述がDSM-5に比べて曖昧になっていますが、非常に驚異的な出来事である必要があります。また、1)フラッシュバック、悪夢などに代表される再体験の症状。2)トラウマの出来事に関連することを回避する。3)警戒心が高まるなどの知覚の亢進が必要になります。

複雑性PTSDは、このPTSD症状に加えて、1)感情調節に関する問題、2)自分自身が欠損している、打ち負かされている、価値がないという信念(これらの信念は、トラウマ体験に関する恥、罪責感、後悔という感覚から生まれる)、3)継続的な人間関係を保つのが難しく、孤独感がある、といった3つの症状が必要になります。この3つを自己組織化の障害(DSO)と呼びます。

このDSOと呼ばれる症状は、いわゆる境界性パーソナリティ障害と共通する部分になります。現在の所、境界性パーソナリティ障害と複雑性PTSDは別の疾患であるという考え方が多いのですが、将来的には、一つにまとまるかもしれません。

まとめと私見

複雑性PTSDは、当事者や臨床家の間ではよく知られた考え方だと感じます。一方で、疫学的な裏付けが未だに薄いため、診断基準と実際の臨床的な感覚が非常にずれてしまいます。

特に何をPTSD/複雑性PTSDとして切り取るのかという問題が非常に大きいと思います。常々あるのは、「トラウマ」からPTSD、複雑性PTSDとして切り取られる状態は一部分だということです。

また、どうしても均一な疾患群を作ろうとしているために、診断基準は他の問題が含まれている状態像を排除する必要があります。しかし、そうやって排除されてしまうと「トラウマ」という軸は見えなくなります。

たとえ、複雑性PTSD/PTSDの診断がつかなくても、トラウマの治療が必要な方は沢山います。

参考文献

  • 小西聖子 2019 複雑性PTSDの位置付けと社会精神医学的意義 日社精医誌 28:159-166
  • 飛鳥井望 2019 ICD-11におけるPTSD/CPTSD診断基準についてー研究と臨床における新たな発展の始まりか、長い混乱の幕開けか? トラウマティック・ストレス 第17巻 第1号
  • Herman, J. 1992 L:Colnplex PTSD:Asyndrome in survivors of prol皿ged and repeated trauma. J Trauma Stress 5(3):377-391
  • van der Kolk, B. A., Roth, S., Pelcovitz, D., et aL 2005 Disorders of extreme stress:the empirical foundation of a complex adaptation to trauma. J Trauma Stress l8(5):389-399
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