弁証法的行動療法において、Marsha Linehanは、境界性パーソナリテ症(BPD)を生物学的要因と環境要因の大きく2つの要因が合わさった結果、発症すると仮定しています。
環境要因の大きなものは、発達性トラウマになります。それは、Linehan自身の体験に基づいているのだと思います。彼女は、自分の家を「緊張感のある家」と表現していました。両親は南部出身の人物で、性役割がとても強い家庭だったようです。これは、近年のトラウマ・インフォームド・ケアの流れを先取りしていたとも言えます。
一方で、Marshaが10代の後半になるまでBPDの症状を持っていなかったことや、兄弟が両親のことを愛情に溢れている両親だと表現し、BPDを発症していないことから、環境要因だけで発症するわけでもないことを彼女は知っていたのかもしれません。
生物学的要因
Marshaは、自身の臨床の事例を振り返り、生物学的要因の行動的側面として、以下の6つを想定しています。
- 高い情動反応性(High emotional sensitivity):
- 感情的な刺激に対して非常に敏感に反応します。
- わずかな刺激でも強い感情反応を示す傾向があります。
- 強い情動反応(Intense emotional responses):
- 感情が一度喚起されると、その強度が非常に高くなります。
- 感情の振れ幅が大きく、極端な反応を示すことがあります。
- 感情のベースラインへの緩慢な回復(Slow return to emotional baseline):
- 感情が高ぶった後、通常の状態に戻るのに時間がかかります。
- 感情の持続時間が長く、なかなか落ち着かない傾向があります。
- 衝動性(Impulsivity):
- 感情に基づいて即座に行動する傾向があります。
- 行動の結果を十分に考慮せずに反応してしまいます。
- 努力によるコントロールの低さ(Low effortful control):
- 自己制御や注意の制御が困難です。
- 計画を立てたり、エラーを検出したりする能力が低い傾向があります。
- 高い否定的情動性(High negative affectivity):
- 不快感、欲求不満、恥ずかしさ、悲しみなどの否定的な感情を強く経験します。
- なだめにくく、気分の切り替えが困難です。
Marshaは、これらの生物学的要因があっても、環境がその特性を補うことができれば、BPDは発症しないことを述べています。
無効化する環境(Invalidating Environment)
Marshaは、自身の家庭での体験から、「無効化する環境」という言葉を生み出しました。「無効化する環境」とは「個人の内的経験(感情、思考、信念、感覚など)に対して不適切または否定的な反応を示す環境」のことです。以下の4つがあります。
- 個人の私的な経験に対して、不適切または過剰に反応する
- 個人の感情表現を軽視したり、否定したりする
- 個人の経験を単純化し、問題解決を容易だと見なす
- 個人の目標設定を非現実的なものとして批判する
具体的には、下記のようなものです。
- 子どもが「のどが渇いた」と言ったときに、「いいえ、渇いていないでしょう。さっき飲んだばかりじゃない」と否定する
- 子どもが泣いているときに、「泣き虫になるな」と叱る
- 子どもが怒りや不満を表現したときに、それを重要ではないものとして無視する
- 子どもが「ベストを尽くした」と言ったときに、「いいえ、あなたはベストを尽くしていない」と否定する
このような環境が感情調節困難を生み出すと仮定しました。
更にBPDの発症を高める家族として以下の3つを上げています。
- 無秩序な家族(The disorganized family):
- 広範囲にわたるネグレクトや虐待が存在する家族環境です。
- 子どもの基本的なニーズが一貫して満たされず、安全感や安定感が欠如しています。
- 完璧な家族(The perfect family):
- 否定的な感情の表現が禁忌とされる家族環境です。
- 外面的には理想的に見えますが、内面的な感情表現や脆弱性の表出が許されません。
- 普通の家族(The normal family):
- 主に「適合の悪さ」によって特徴づけられる家族環境です。
- 子どもの気質と親の養育スタイルの間に大きなミスマッチがある場合です。
また、この様な無効化される環境の文化的文脈にもMarshaは言及しています。
- 個人主義や自己抑制を重視する文化は、特に否定的な感情の表現を無効化する傾向がある
- 感情表現に対する文化的な規範や期待が、個人の感情経験を無効化することがある
- 特定の性別や人種に対する偏見や差別