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ミソフォニアとは?
ミソフォニアは、特定の音に対して強い嫌悪感や怒りなどの感情的な反応を示す状態を指します。直訳すると「音への憎しみ」を意味しますが、単純に音を嫌うというよりも、特定の音に対して過剰な反応を示すことが特徴です。
ミソフォニアという用語が初めて使用されたのは2001年のことで、耳鳴りの研究者であるPawel JastreboffとMargaret Jastreboffによって提唱されました。彼らは当初、ミソフォニアを音への過敏性(hyperacusis)の一種として捉えていましたが、その後の研究により、ミソフォニアが独立した状態であることが明らかになってきました。
ミソフォニアの人々が反応する音(トリガー音)は個人によって様々ですが、最も一般的なものとしては以下のようなものがあります:
- 咀嚼音、飲み込む音などの食事に関連する音
- くしゃみ、鼻をすする音、咳などの体から出る音
- ペンをカチカチする音、キーボードをタイプする音など
- 足を揺らす、爪をいじるなどの繰り返し行動に伴う音
これらの音を聞くと、ミソフォニアの人々は強い不快感や怒り、嫌悪感、不安などを感じます。時には攻撃的な衝動に駆られることもあります。多くの場合、自分の反応が過剰であることを認識しているものの、その反応を抑えることが難しいと感じています。
ミソフォニアの有病率については、まだ十分な研究がありませんが、いくつかの調査では一般人口の6〜20%程度がミソフォニアの症状を経験しているとされています。ただし、日常生活に支障をきたすような重度のミソフォニアの割合はこれよりも低いと考えられています。
ミソフォニアは現在、正式な診断基準が確立されておらず、国際的な疾病分類にも含まれていません。そのため、医療や研究の現場では、ミソフォニアをどのように定義し、評価するかについて議論が続いています。一部の研究者はミソフォニアを精神疾患の一種として捉えていますが、別の研究者たちは神経学的な基盤を持つ感覚過敏の一種として考えています。
ミソフォニアに対する社会的認知は徐々に高まってきていますが、まだ十分とは言えません。多くのミソフォニア当事者が、周囲の理解不足に悩まされています。「音を我慢すればいい」「気にしすぎだ」といった周囲の反応に傷つき、孤立感を深めてしまうケースも少なくありません。
ミソフォニアは生活の質に大きな影響を与える可能性があります。家族や友人との食事を避ける、公共の場所に行くのを躊躇する、仕事や学業に支障をきたすなど、社会生活全般に支障が出ることがあります。特に、トリガー音を発する人が家族や親しい人である場合、人間関係に深刻な影響を与えることもあります。
ミソフォニアの原因はまだ完全には解明されていませんが、聴覚系、情動処理系、自律神経系などの複雑な相互作用が関与していると考えられています。遺伝的要因や環境要因も影響している可能性がありますが、これらについてはさらなる研究が必要です。
ミソフォニアの治療については、認知行動療法(CBT)や音響療法などが試みられていますが、現時点で確立された治療法はありません。多くの場合、症状管理と対処法の習得が中心となります。
以上のように、ミソフォニアは比較的新しく認識された状態であり、その定義や原因、治療法については、まだ多くの不明点が残されています。しかし、この状態に苦しむ人々が確実に存在し、その生活に大きな影響を与えていることは明らかです。今後の研究の進展により、ミソフォニアへの理解が深まり、効果的な支援方法が確立されることが期待されています。
ミソフォニアの特徴・症例
ミソフォニアの主な特徴は、特定の音に対する強い嫌悪反応です。しかし、その表れ方は個人によって大きく異なります。ここでは、ミソフォニアの一般的な特徴と、実際の症例を紹介します。
ミソフォニアの一般的な特徴:
- 特定の音に対する過剰反応:
ミソフォニアの人々は、特定の音(トリガー音)に対して極端に強い反応を示します。この反応は単なる不快感にとどまらず、怒り、嫌悪、不安、恐怖などの強い感情を伴います。 - 反応の自動性:
多くの場合、トリガー音に対する反応は自動的で制御が難しいものです。本人も反応が過剰であることを理解していても、それを抑えることができないと感じます。 - 回避行動:
トリガー音を避けるために、様々な回避行動をとることがあります。例えば、人と一緒に食事をすることを避ける、特定の場所や状況を避けるなどです。 - 身体的反応:
感情的反応だけでなく、心拍数の上昇、発汗、筋肉の緊張など、身体的な反応も伴うことがあります。 - 文脈依存性:
同じ音でも、状況や音を発する人によって反応が異なることがあります。例えば、家族の咀嚼音には強く反応するが、他人の咀嚼音には反応しないといったケースがあります。 - 視覚的要素の影響:
音だけでなく、その音に関連する視覚的な要素(例:食べている人の口の動き)にも反応することがあります。 - 模倣行動:
一部のミソフォニア当事者は、トリガー音を聞いたときに、その音を模倣する衝動を感じます。これは症状を和らげる一種の対処法として機能することがあります。 - 他の感覚過敏との関連:
ミソフォニアの人々の中には、音以外の感覚(視覚、触覚など)にも過敏性を示す人がいます。 - 発症年齢:
多くの場合、症状は子供時代や青年期に始まります。平均的な発症年齢は12〜13歳頃とされていますが、成人になってから発症するケースもあります。 - 進行性:
症状が時間とともに悪化する傾向があります。新しいトリガー音が増えたり、反応の強さが増したりすることがあります。
実際の症例:
ケース1: 26歳女性、会社員
主なトリガー音: 咀嚼音、キーボードのタイピング音
Aさんは大学生の頃からミソフォニアの症状に悩まされていましたが、当時はその状態に名前があることを知りませんでした。特に家族との食事中に強い不快感を覚え、怒りを抑えきれずに食卓を離れることが頻繁にありました。就職後は、オフィスでの同僚のキーボード音に耐えられず、常にノイズキャンセリングヘッドホンを着用するようになりました。社内の食堂では食事ができず、一人で外で食べることが習慣になっています。恋愛関係も、相手の食事の音が気になって長続きしないことに悩んでいます。
ケース2: 42歳男性、教師
主なトリガー音: 生徒のペンをカチカチする音、咳
Bさんは教師として10年以上勤務していますが、ここ数年、教室での特定の音に対して強い苛立ちを感じるようになりました。特に、試験中に生徒がペンをカチカチと鳴らす音や、授業中の咳に対して激しい怒りを感じます。自分でもその反応が過剰であることは分かっているものの、制御できません。ストレスから不眠に悩まされ、休職を考えるまでになっています。
ケース3: 15歳男子、高校生
主なトリガー音: 家族の咀嚼音、犬の舐める音
Cくんは幼い頃から音に敏感でしたが、中学生になってから症状が顕著になりました。特に家族との食事中に激しい怒りを感じ、食卓で暴言を吐いたり、皿を投げたりすることがありました。両親は当初、反抗期の一種だと考えていましたが、Cくんの苦しみを理解するにつれ、家族で対策を考えるようになりました。現在は家族がそれぞれ別の部屋で食事をとるなどの工夫をしていますが、学校での給食時間は依然として大きな課題となっています。
ケース4: 35歳女性、フリーランス
主なトリガー音: 隣人の生活音(足音、ドアの開閉音)
Dさんは在宅で仕事をしていますが、隣人の生活音に悩まされています。特に上階の住人の足音やドアの開閉音に対して強い怒りと不安を感じます。音が聞こえると仕事に集中できなくなり、時には激しいパニック発作を起こすこともあります。何度か隣人に苦情を言いましたが、通常の生活音であることから改善されず、引っ越しを検討しています。夜間は睡眠薬を使用しないと眠れません。
ケース5: 50歳男性、会社経営者
主なトリガー音: 従業員の会話、電話の着信音
Eさんは自身が経営する会社で、従業員の会話や電話の音に強いストレスを感じるようになりました。特に複数の会話が同時に聞こえる状況で、激しい怒りと不安を感じます。以前は社交的で従業員とのコミュニケーションを大切にしていましたが、最近は極力オフィスに出ることを避け、在宅勤務を増やしています。事業にも影響が出始めており、経営者としての立場と自身の症状の間で葛藤しています。
これらの症例は、ミソフォニアが単なる「音への過敏さ」ではなく、個人の生活全般に深刻な影響を与える可能性があることを示しています。症状の表れ方や影響の度合いは個人差が大きく、それぞれの状況に応じた対応が必要となります。
また、これらの症例からは以下のような共通点も見出せます:
- 症状が社会生活や人間関係に大きな影響を与えていること
- 本人が症状の不合理さを認識しつつも、制御が難しいと感じていること
- 症状によって生活の質が著しく低下していること
- 周囲の理解を得ることの難しさ
ミソフォニアの症状は個人によって大きく異なるため、一人一人の状況を丁寧に評価し、個別化された支援アプローチを考える必要があります。また、ミソフォニアが本人だけでなく、家族や周囲の人々にも影響を与える可能性があることを認識し、包括的なサポート体制を整えることが重要です。
ミソフォニアの病態
ミソフォニアの正確な病態メカニズムはまだ完全には解明されていませんが、近年の研究により、その神経生物学的基盤や心理学的側面について、いくつかの重要な知見が得られています。ここでは、現在考えられているミソフォニアの病態について、最新の研究成果を交えて説明します。
神経生物学的側面
脳機能画像研究:
fMRI(機能的磁気共鳴画像法)を用いた研究により、ミソフォニアの人々の脳活動パターンに特徴的な変化が見られることが分かってきました。
- 前島皮質(anterior insula)の過活動:
Kumar et al. (2017)の研究では、ミソフォニアの人々がトリガー音を聞いたときに、前島皮質の活動が顕著に増加することが示されました。前島皮質は、内受容感覚(身体内部の感覚)の処理や感情の自覚に重要な役割を果たす脳領域です。この過活動は、ミソフォニアにおける強い感情反応や身体感覚の変化と関連していると考えられています。 - 前頭前皮質-前島皮質の機能的結合:
同じ研究で、ミソフォニアの人々では前島皮質と前頭前皮質の間の機能的結合が増強されていることが示されました。これは、感情処理と認知制御の間の異常な相互作用を示唆しています。 - 運動野の関与:
Kumar et al. (2021)の研究では、ミソフォニアの人々において、聴覚刺激に対する運動野の活動が増加していることが報告されました。これは、音の知覚と運動表象の間に強い結びつきがあることを示唆しています。 - 扁桃体の構造的変化:
Eijsker et al. (2021)の研究では、ミソフォニアの人々の右扁桃体の体積が増加していることが報告されました。扁桃体は感情処理、特に恐怖や不安に関与する脳領域です。
聴覚処理システム
興味深いことに、ミソフォニアにおいては初期の聴覚処理そのものには大きな異常は見られないようです。Kumar et al. (2017)の研究では、一次聴覚野の活動にミソフォニア群と対照群で差は見られませんでした。これは、ミソフォニアが単純な聴覚過敏ではなく、音の意味や文脈の処理に関わる高次の脳機能の問題である可能性を示唆しています。
自律神経系の反応
ミソフォニアの人々は、トリガー音に対して強い自律神経反応を示すことが知られています。Edelstein et al. (2013)の研究では、ミソフォニアの人々がトリガー音を聞いたときに、皮膚電気反応(発汗の指標)が顕著に増加することが示されました。これは、ミソフォニアにおける強い情動反応が、身体的な覚醒状態の変化を伴うことを示しています。
心理学的側面
条件づけ:
ミソフォニアの発症メカニズムとして、古典的条件づけの関与が示唆されています。特定の音が何らかの不快な経験と結びつくことで、その音に対する嫌悪反応が形成され、強化されていく可能性があります。
認知的側面:
ミソフォニアの人々は、トリガー音に対して特有の認知的歪みを示すことが報告されています。例えば、音の発生源に対する過度の注意の集中、音の重要性の過大評価、音に対するネガティブな解釈などが見られます。
感情調節の困難:
ミソフォニアの人々は、トリガー音に対する感情反応を適切に調節することが難しいと感じています。これは、前頭前皮質による感情の下方制御(ダウンレギュレーション)の機能不全を示唆しています。
社会認知の観点
最近の研究では、ミソフォニアを社会認知の枠組みで理解しようとする試みがなされています。Berger et al. (2024)は、ミソフォニアを単なる音への反応ではなく、音を発する人の行動の知覚(action perception)に関連する問題として捉える新しい視点を提案しています。
この視点によると、ミソフォニアの反応は以下のようなプロセスで生じる可能性があります:
- 音の知覚が運動表象を活性化する(例:咀嚼音が口の動きの表象を活性化)
- この運動表象の活性化が、前島皮質を介して強い感情反応を引き起こす
- 同時に、この過程が模倣(mirroring)システムを活性化し、音を発する人の行動を無意識的に模倣しようとする衝動を生む
この仮説は、ミソフォニアにおいて報告されている高い模倣行動の頻度や、運動野の過活動を説明できる可能性があります。
発達的視点
ミソフォニアの症状は多くの場合、思春期前後に発症することが報告されています。この時期は脳の発達、特に前頭前皮質の成熟が急速に進む時期と一致しています。したがって、この発達段階における何らかの異常が、ミソフォニアの発症に関与している可能性が考えられます。
遺伝的要因
ミソフォニアの家族内集積が報告されていることから、遺伝的要因の関与が示唆されています。しかし、具体的な遺伝子多型や遺伝様式については、まだ明らかになっていません。
環境要因
家族力動や養育環境、ストレスフルな生活経験など、環境要因もミソフォニアの発症や重症度に影響を与える可能性があります。しかし、これらの要因と症状の関連性については、さらなる研究が必要です。
他の精神・神経疾患との関連
ミソフォニアは、強迫性障害(OCD)、不安障害、うつ病、自閉スペクトラム症(ASD)などの他の精神・神経疾患と併存することが多いことが報告されています。これらの併存症がミソフォニアの病態にどのように影響しているかについては、今後の研究課題となっています。
まとめ
現在の研究からは、ミソフォニアが単純な聴覚過敏や音恐怖症とは異なる、複雑な神経生物学的・心理学的基盤を持つ状態であることが示唆されています。特に、感情処理、社会認知、感覚-運動統合などの高次脳機能の異常が関与していると考えられています。
しかし、これらの知見の多くは比較的小規模な研究に基づいており、再現性の確認や大規模研究による検証が必要です。また、ミソフォニアの症状の多様性を考慮すると、単一のメカニズムではなく、複数の要因が複雑に絡み合って症状を形成している可能性があります。
今後の研究課題としては、以下のようなものが挙げられます:
- より大規模で厳密に管理された研究による、これまでの知見の検証
- ミソフォニアの亜型や重症度による病態の違いの解明
- 縦断的研究によるミソフォニアの発症メカニズムと経過の解明
- 遺伝子-環境相互作用の解明
- 他の感覚過敏症状や精神疾患との関連性の詳細な検討
- 神経画像研究と心理学的評価を組み合わせた、より包括的な病態解明
これらの研究を通じて、ミソフォニアの病態がより明確になることで、効果的な治療法や予防法の開発につながることが期待されます。
ミソフォニアの治療について
ミソフォニアの治療に関しては、現時点で確立された標準的治療法は存在していません。これは、ミソフォニアの正確な病態メカニズムがまだ完全には解明されていないこと、また個人によって症状の現れ方が大きく異なることなどが理由として挙げられます。しかし、いくつかの治療アプローチが試みられており、一定の効果が報告されています。ここでは、現在行われているミソフォニアの主な治療アプローチについて、その内容と有効性、課題などを説明します。
認知行動療法 (CBT)
認知行動療法は、ミソフォニアの治療において最も広く研究されているアプローチの一つです。CBTは、トリガー音に対する思考パターンや行動パターンを変えることで、症状の軽減を目指します。
主な技法:
- 認知再構成: トリガー音に対する非適応的な思考パターンを識別し、より適応的な思考に置き換える
- 曝露療法: トリガー音に段階的に曝露することで、不快な反応を軽減する
- リラクセーション技法: 呼吸法やマインドフルネスなどのリラクセーション技法を学ぶ
- 対処スキルの獲得: トリガー音に遭遇したときの効果的な対処方法を学ぶ
有効性:
Schröder et al. (2017)の研究では、CBTを受けたミソフォニア患者の48%が有意な改善を示しました。Jager et al. (2020)の無作為化比較試験では、CBT群が待機リスト群と比較して有意な症状改善を示しました。
課題:
- 効果の個人差が大きい
- 長期的な効果の持続性についてはさらなる研究が必要
- すべてのタイプのミソフォニアに効果があるわけではない可能性がある
音響療法
音響療法は、特定の音を用いてミソフォニア症状の軽減を図る方法です。主に以下の二つのアプローチがあります:
a. 耳鳴り再訓練療法 (TRT) の応用:
TRTは元々耳鳴りの治療法として開発されましたが、ミソフォニアにも応用されています。背景音を常時聴取することで、トリガー音への過敏性を軽減することを目指します。
b. カウンターコンディショニング:
トリガー音と快適な音を組み合わせて聴くことで、トリガー音に対する反応を変化させることを目指します。
有効性:
Jastreboff & Jastreboff (2014)の研究では、音響療法を含む総合的なアプローチで83%の患者に改善が見られたと報告されています。ただし、この研究はコントロール群がなく、音響療法単独の効果を評価することは困難です。
課題:
- 効果のメカニズムが十分に解明されていない
- 長期的な効果についてはさらなる研究が必要
- すべての患者に適用できるわけではない(例:重度の過敏性がある場合)
薬物療法
ミソフォニアに特化した薬物療法はありませんが、併存症状や関連する症状の管理に薬物が使用されることがあります。
主に使用される薬物:
- 選択的セロトニン再取り込み阻害薬 (SSRI): 不安やうつ症状の軽減
- ベンゾジアゼピン系薬剤: 急性の不安症状の軽減
- 抗てんかん薬: 神経の過敏性を抑える目的で使用されることがある
有効性:
薬物療法単独でのミソフォニア症状への効果を検証した大規模研究はありません。症例報告レベルでは、一部の患者で症状軽減が報告されています。
課題:
- ミソフォニアの中核症状への直接的な効果は限定的
- 副作用のリスク
- 長期使用の安全性や効果についてはデータが不足
マインドフルネスベースのアプローチ
マインドフルネス瞑想やアクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT)などの「第三世代」の認知行動療法も、ミソフォニアの治療に応用されています。
主な技法:
- 現在の瞬間への注意の集中
- 判断を加えずに体験を観察する
- 思考や感情からの心理的距離の確保
- 価値に基づいた行動の促進
有効性:
Schneider & Arch (2017)の症例報告では、ACTを用いたアプローチがミソフォニア症状の軽減に効果を示しました。しかし、大規模な比較研究はまだ行われていません。
課題:
- 効果のメカニズムが十分に解明されていない
- 長期的な効果についてはさらなる研究が必要
- すべての患者に適しているわけではない可能性がある
神経調節療法
最近の研究では、経頭蓋磁気刺激(TMS)や経頭蓓直流電気刺激(tDCS)などの非侵襲的脳刺激法が、ミソフォニアの治療に応用できる可能性が示唆されています。
原理:
特定の脳領域(例:前島皮質、前頭前皮質)の活動を調節することで、ミソフォニア症状の軽減を図る
有効性:
現時点では、ミソフォニアに対する神経調節療法の効果を直接検証した研究はありません。しかし、類似の症状(例:慢性疼痛、強迫性障害)に対する効果が報告されていることから、ミソフォニアへの応用可能性が注目されています。
課題:
- ミソフォニアに対する有効性と安全性の検証が必要
- 最適な刺激パラメータ(刺激部位、強度、頻度など)の確立が必要
- 長期的な効果の持続性についてのデータが不足
環境調整とサポート
ミソフォニアの治療では、患者の生活環境を調整し、適切なサポートを提供することも重要な要素となります。
主なアプローチ:
- 音環境の調整: ノイズキャンセリングヘッドホンの使用、室内の防音対策など
- 家族や周囲の人々への教育: ミソフォニアについての理解を深め、適切な対応を学ぶ
- 職場や学校での配慮: 静かな環境での作業、別室での食事など
- サポートグループへの参加: 同じ悩みを持つ人々との交流による心理的サポート
有効性:
環境調整とサポートの効果を単独で評価した研究はありませんが、多くの臨床家が総合的な治療アプローチの一部として推奨しています。
課題:
- 完全な音の回避は長期的には症状を悪化させる可能性がある
- すべての環境で調整を行うことは現実的に困難
- 過度の配慮が社会的孤立を招く可能性がある
統合的アプローチ
多くの専門家は、ミソフォニアの治療には複数のアプローチを組み合わせた統合的な治療が効果的だと考えています。例えば、CBTを中心としつつ、音響療法、環境調整、必要に応じて薬物療法を組み合わせるなどの方法が提案されています。
有効性:
Jastreboff & Jastreboff (2014)の研究では、統合的アプローチによって82%以上の患者に改善が見られたと報告されています。
課題:
- 個々の患者に最適な治療の組み合わせを決定する基準が確立されていない
- 複数の治療を組み合わせることによるコストや負担の増加
- 新しい治療法の開発
ミソフォニアの病態メカニズムに関する理解が深まるにつれ、新しい治療アプローチの開発も進められています。
例:
- バーチャルリアリティ(VR)を用いた曝露療法
- ニューロフィードバック訓練
- 社会認知トレーニング
これらの新しいアプローチは、まだ研究段階にありますが、将来的にミソフォニアの治療選択肢を広げる可能性があります。
- 治療上の課題と今後の方向性
ミソフォニアの治療に関しては、以下のような課題が残されています:
a. 診断基準の統一:
ミソフォニアの診断基準が確立されていないため、研究間で対象となる患者群に違いがある可能性があります。これは治療効果の評価を難しくしています。
b. 個別化された治療:
ミソフォニアの症状は個人差が大きいため、画一的な治療では効果が限定的である可能性があります。個々の患者の症状や背景に応じた治療法の選択が必要です。
c. 長期的効果の検証:
多くの研究が短期的な効果を報告していますが、長期的な効果については十分なデータがありません。症状の再発や悪化を防ぐための維持療法の開発も課題となっています。
d. 併存症への対応:
ミソフォニアは他の精神疾患や神経発達症と併存することが多いため、これらの併存症を考慮した総合的な治療アプローチが必要です。
e. 早期介入の重要性:
ミソフォニアは時間とともに悪化する傾向があるため、早期発見と早期介入の重要性が指摘されています。しかし、早期介入の効果を検証した研究はまだ限られています。
f. 脳の可塑性の活用:
神経科学の進歩により、脳の可塑性(変化する能力)に基づいた新しい治療法の開発が期待されています。
g. 客観的な評価指標の開発:
現在のミソフォニアの評価は主に自己報告に基づいていますが、より客観的な評価指標(例:生理学的指標、行動指標)の開発が求められています。
今後の研究の方向性としては、以下のようなものが考えられます:
- 大規模な無作為化比較試験による既存の治療法の有効性の検証
- 脳機能画像研究と治療効果の関連性の解明
- 遺伝子研究による個別化医療の可能性の探索
- 新しい治療技術(例:経頭蓋磁気刺激、ニューロフィードバック)の開発と検証
- ミソフォニアの発症メカニズムに基づいた予防的介入の開発
- 併存症を考慮した包括的治療プログラムの開発
- 患者の生活の質(QOL)を重視した治療効果の評価
結論
ミソフォニアの治療は、まだ発展途上の分野です。現時点では、認知行動療法を中心とした心理療法、音響療法、環境調整などの組み合わせが主な治療アプローチとなっています。しかし、これらの治療法の有効性には個人差が大きく、すべての患者に効果があるわけではありません。
今後、ミソフォニアの病態メカニズムがより明確になり、診断基準が確立されれば、より効果的で個別化された治療法の開発が進むことが期待されます。同時に、早期発見・早期介入の重要性や、併存症を考慮した総合的なアプローチの必要性も認識されつつあります。
患者、家族、医療従事者、研究者が協力して、ミソフォニアに関する理解を深め、効果的な支援方法を模索していくことが重要です。また、社会全体でミソフォニアに対する認識を高め、患者が適切なサポートを受けられる環境を整えていくことも課題となっています。
ミソフォニアは比較的新しく認識された状態であり、その研究はまだ始まったばかりです。しかし、この分野への関心は急速に高まっており、今後数年間で大きな進展が見られる可能性があります。患者の生活の質を向上させるための新しい治療法や支援方法の開発に、大きな期待が寄せられています。
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