汚染恐怖に関する研究

強迫症(強迫性障害)
Pocket

今回は、洗浄強迫(汚染恐怖)に関する、研究をまとめてみます。汚染恐怖は、強迫症を越えて症状として出現することもあります。研究ではよく血液恐怖、蜘蛛恐怖などと一緒に出てきます。ただ、洗浄強迫≒汚染恐怖という感覚でよいと思います。

病的汚染の恐怖

病的な汚染恐怖として、Clark(2019)は、下記の4つの特徴をあげています。

特徴説明
急速な不安汚染物質に直面した直後に不安が上昇道に落ちている使用済みの注射器を見た直後から不安が生じる
不安が低減しない一度、不安になると、汚染物質を回避する、十分な洗浄行為を行っても、不安感が持続する注射器が自分に刺された証拠がないことを何度も確認したが、不安が数日続く
伝染する一度、不安になると、汚染恐怖は、他の物質、他の状況、人に広がる注射器をみるたびに感染が怖くなる。別の場所でも注射器があることを恐れるようになる
非対称性汚染恐怖は指数関数的に拡大するが、安全感は特定の状況のみにとどまる使用済みの注射器を避けるために公共の場所を避けるなどの行動を行うが、不安は低減しない

この表の中で特に特徴的なものが「伝染する」という感覚です。この伝染するという感覚は、共感呪術と言われて研究されています。共感呪術には、「伝染の法則」と「類似性の法則」という2つの法則があります。「伝染の法則」とは、ある物体との短時間の接触によって、その性質が永久的に移ってしまうという信念のことです。例えば、かつて虫がついていたお皿を洗った後でも、そのお皿で食事をすることが汚くてできないと感じるものです。いわゆる「汚れが落ちない」という感覚です。「類似性の法則」とは、嫌な物体に似ているだけで、それが汚いと感じてしまうものです(Bhikram et al, 2017)。

この伝染の法則には、Tolin et al (2004)の実験が有名です。彼は、洗浄強迫症、不安症、健常群の3つの群の被験者が汚染された物体に鉛筆で触り、その鉛筆を別の鉛筆で触り…と接触を繰り返し、それぞれの鉛筆の汚染度合いを評価してもらいました。健常群では、4本目の鉛筆で汚染されていないと答え、不安症患者は、7本目の鉛筆で汚染されていないと答えました。しかし、洗浄強迫症患者は、12本目の鉛筆においても汚染されていると感じる度合いはほとんど減りませんでした。このように洗浄強迫症の汚染恐怖は伝染していくことが特徴です。

また、「類似の法則」については、いわゆるパブロフによる古典的条件づけの法則が当てはまらないという点で様々な理論が言われています。パブロフの犬の実験では、肉とベルを同時に提示することによって条件づけを成立させていました。しかし、洗浄強迫症の人が嫌悪を獲得するのに直接的な学習は必要ありません。「あれが、汚いから、これも汚いのでは…」と考えただけでも、汚染が広まる感覚が生じます。そのため、これを説明する理屈として、評価条件づけ、参照モデルなどの理論が考え出されています。(Ludvik et al, 2015) 評価条件づけとは、嫌悪感をもともと持たなかった物体が、「汚い」と評価されることによって、嫌悪特性を獲得していしまうとする理論です。参照モデルは、このような現象を、古典的条件づけと、その情報を参照するという2つの学習が同時に起こっていると考えます。いずれにせよ、このような刺激に対する認知的な理解が洗浄強迫症の人にとって嫌悪対象を広めることになるのです。

精神性汚染

汚染恐怖に関して、もう一つ大きく研究されているものが精神性汚染になります。精神性汚染とは、物理的な汚染ではなく心理的な汚れのことです。Rachman(2015)は、精神性汚染を以下のような信念であると説明しています。

  • 清潔に見えても汚れていると感じるものは多い
  • 人は心も体も清らかであるべきだ
  • 清潔好きな私を変人だと思う人もいる
  • モラルの低い人は常に避けなければならない
  • 家を出る前には絶対に清潔であることを確認する必要がある
  • 汚染について考えると、実際に汚染されるリスクが高まる
  • 嫌なポルノを見ると気分が悪くなり、汚いと感じる
  • 不道徳なことをした人は罰せられる
  • 汚いものや危険なものを触っていないとわかっていても、洗いたいと思うことがある
  • 自分をひどい目に合わせた人に触られたら、不潔な気分になる
  • ポルノを読む人は避けなければならない
  • 不道徳な人と一緒にいると、絶対に不潔な気分になる
  • 自分の恐ろしい考えは絶対に許されない
  • 不潔な人や不道徳な人に触れられると、とても不潔な気分になる
  • 汚染されたものに触れなくても、汚染された気分になることは十分にある
  • いつでも悪口を言うのは不道徳だ 汚染について考えるだけで、実際に汚染されていると感じることができます
  • どんなに頑張って洗濯しても、完全に清潔になることはありません
  • 嫌な考えをコントロールできなければ、気が狂ってしまいます
  • 汚染された経験を思い出すだけで、実際に汚染されていると感じることができます 汚れた経験を思い出すだけで、実際に汚れていると感じることがあります
  • 汚いジョークを言うのは完全に間違っています
  • 他人が自分に悪い態度を取るのは自分に責任があります
  • 気分が落ち込んでいるときは、自分が汚れているという感情にはるかに敏感になります
  • 自分が汚れている、汚いという感覚は決してなくならないでしょう
  • 汚い言葉を含む映画は絶対に避けます。汚い言葉や露骨なセックスシーンを含む映画は絶対に避けている
  • 自分が汚れているという感覚を払拭するのは難しい
  • 汚れや病気を気にしているので、人から変に思われている
  • 不道徳なことをしたら、自分が汚れていると感じてしまう
  • 自分が嫌だと感じたとき、シャワーを浴びると気分が良くなる 誰かが嫌なことを言っているのを聞いていると、自分が汚されているような気がしてくる
  • 自分の嫌な考えを知ったら、人から拒絶されるだろう。
  • 汚い、不道徳な人に触られたら、自分の体をしっかりと洗わなければならない
  • 汚いという感情を克服しなければ、病気になってしまう
  • 悪い行いをする人に触られたら、自分の体を洗わなければならない
  • 汚い言葉を使う人は、私を汚い、汚されていると感じさせる

この表を見ても分かる通り、精神性汚染は、診断横断的な特徴を持っています。特にPTSDなどのトラウマとの関連が指摘されています。Clark(2019)は、下記の4つに区分しています。

タイプ説明
道徳的違反道徳的違反を起こした人・ものに対して、不潔な感覚を持つ性被害の被害者が自分自身に対して恥を感じることで、自分自身が汚れていると感じる
自己汚染誰かに触れると、「汚染させてしまう」と考えてる自分の体に飛び散った尿が誰かを汚染させてしまうと感じる
視覚性の汚染評判悪いと認識されている個人を見ただけで、汚染されていると感じる。通常は、卑怯、奇妙、恐怖、嫌悪感を抱く人物が対象になるホームレスが奇妙な行動をとっているのをみるだけで、汚染されていると感じる
モーフィング自分が変わってしまうのではないかという恐怖。あるいは、汚染された物質に近いことで、その特性を吸収してしまうのではないかという感覚年老いた人物に強迫症患者が出会うと、自分にも認知的衰えがうつってしまうのではないかと不安になる

まとめ

今回は、汚染恐怖についてまとめてみました。汚染恐怖といっても、かなり様々な症状があることがわかります。自分が悩んでいることがすでに研究されている症状なのだと分かることでホッとすることがありますし、家族は「あの不思議な考えは、症状だったのか」と分かるとサポートの仕方が変わってきます。

参考文献

  • Bhikram T, Abi-Jaoude E, Sandor P. 2017 OCD: obsessive-compulsive … disgust? The role of disgust in obsessive-compulsive disorder. J Psychiatry Neurosci. Sep;42(5):300-306. doi: 10.1503/jpn.160079.
  • Stanley Rachman, Anna Coughtrey, Roz Shafran, Adam Radomsky 2015 Oxford Guide to the Treatment of Mental Contamination. OXFORD UNIVERSITY PRESS.
  • David A. Clark 2019 Cognitive-Behavioral Therapy for OCD and Its Subtypes 2nd The Guilford Press.
  • Tolin,D. F. et al. 2004 Sympathetic magic in contamination-related OCD. Journal of Behavior Therapy and Experimental Psychiatry. 35. 193–205
  • Ludvik D, Boschen MJ, Neumann DL. 2015 Effective behavioural strategies for reducing disgust in contamination-related OCD: A review. Clin Psychol Rev. Dec;42:116-29. doi: 10.1016/j.cpr.2015.07.001.
Pocket

タイトルとURLをコピーしました