自閉スペクトラム症の行動はどのような仕組みになっているのかまだまとまった結論が出ていません。その大きな原因の一つは中心にある症状がなんなのかよく分かっていないからです。
DSM-5では、①社会的コミニケーションに関すること、②限局された興味、活動、反復的常同行動(RRB)の2つに分かれることになっています。しかし、この分け方では自閉スペクトラム症の方の行動を理解することは難しいでしょう。
一つは、同じ自閉スペクトラム症内でも○○という症状がある人、ない人がいます。そのため、自閉スペクトラム症の症状と説明すると、「その症状はないな…」という人が出てきます。このように自閉スペクトラム症がなんであるかは、実は非常に難しい問題があります。
そこで、今回は自閉スペクトラム症について指摘されている行動上の特徴をまとめていく形で、自閉スペクトラム症とは何かを考えていきたいと思います。
社会的動機づけ
社会的動機づけとは、社会的なものに対して反応しようとしているかです。これについては、色々な研究があります。発達初期には共同注意という目を合わせる、視線を追うという形で出現します。
人と人とのコミュニケーションでは、社会的報酬を得ようとする動機づけに関しての問題が指摘されています(Bottini, 2018)。特に顔の表情、目に関する情報を積極的に得ようとしない、優先的に処理しないことが指摘されています。
社会的な活動への興味に関して、Chevallier(2013)のレビューでは、友人が少ないが、孤独感はあまり感じない。人と交流することを好まない傾向にある。また、共同して作業をする傾向が少なく、言葉によって褒められるなどの社会的報酬にあまり反応しないことが指摘されています。また、観客効果とよばれる観客いることによるパフォーマンスの変動が少ないことも指摘されています。
人間関係を維持し、発展するために対人交流をもとうとしない ことも指摘されています(Chevallier, 2013) 。自己紹介をする、人を守るために嘘をつく、人間関係の維持のために否定的感情を出さない –周囲の行動を真似して規範やルールを守ろうとするなどです。
表情認知
自閉スペクトラム症の認知心理学的研究で最も進んでいるのが表情認知でしょう。表情は相手の感情を読む方法の一つです。表情が読めなければ相手の感情を知る方法が減ってしまうことになります。
まず、表情に注目するかどうかという研究があります。Klinら(2002)は、映画を自閉スペクトラム症者に見せ、どこに注目しているかをアイトラキングという方法で調べました。その結果、自閉スペクトラム症者は表情以外の部分に注目している時間が長いことが分かりました。また、コミニケーション能力の高い自閉スペクトラム症者は、表情の口元を見ていることも分かりました。
表情認知における古典的な研究としては、眼差しから表情を読むテスト( Reading the Mind in the Eyes)というものがあります。Baron-Cohenら(2001)のものが有名です。これは、人の顔の目の部分だけが提示され、この目の部分から、写真の人物の感情を当てるテストです。英語版ですが下記のリンクから受けることができます。
Shaunら(2014)は、自閉スペクトラム症、定型発達者に様々な写真の表情をみせ、写真の人物の感情をあてさせる研究を行っています。その結果、自閉スペクトラム症者は、幸せな表情や、恐怖の表情を中立的な表情と誤解し、悲しい表情恐怖や中立的な表情と認識する傾向、中立的な表情を怒りの表情と評価する傾向がありました。
記憶
記憶については、様々な視点で検討されています。まず、自分が経験したことに関するエピソード記憶に関してです。エピソード記憶では、ASDは定形に比べ、「いつ(時間)」「どこで(場所)」という情報が抜けた状態で記憶されやすく、人間に関する情報が記憶されにくいことが示されています(Rachel S. Brezis, 2015)。ASDは、他にも「意味」によって記憶を結びつけることが少ないことが指摘されています(Beversdorf et at, 2000)。
このような記憶特性が記憶のトラウマ化しやすい要因になると考えられます。
こだわり
こだわりに関してはは、思考の柔軟性、注意の転換などの観点からの研究が多いです。この問題は、古くは実行機能障害と呼ばれていました。ただ、実行機能は様々な要素があるので、最近ではさらに細分化されていることが多いです。
思考の柔軟性については、ウィスコンシン・カード分類テスト等のように、一度正解だと提示されたものが、変更された際に、正解が変更になったことに気づけるかどうか?という視点で始まりました。
ただ、実際にウィスコンシン・カード分類テストの成績は自閉スペクトラム症かどうかよりも全般的な知能の方が影響してしまいます。この領域で有効な検査というのがまだないというのが現状だと思います。
この認知的柔軟性は、注意のコントロール、注意の転換、遂行機能などと関連があることが知られています(Dajani DR & Uddin LQ, 2015)
トップダウン調整(刺激に反応しない)
古くは、弱い中枢性統合と呼ばれた特性があります。これは、通常であれば全体見ずに細部に注目するという傾向でした。この種の理論の背景には、定型発達が注目するべき情報(ここでは、全体)を処理しないという発想でした。
このような発想による研究としては、トップ・ダウン調整の問題が指摘されています。トップ・ダウン調整とは、簡単に言うと先入観などの事前の情報によって情報処理が影響を受けることです。例えば、ゴミが落ちてないかな?と床を見るとゴミが見つけやすいように人間は何らかの事前情報を用いることで処理の効率を高めています。
ASDにおいては、このトップダウンが起きる状況が定型発達と違っていると考えられます。例えば、動く刺激に対して定型発達は無意識に反応するのに対し、ASD者では無意識に反応することが起きません(Greenaway R & Plaisted K. 2005)。また、社会的な刺激も無視しがちな傾向にあります(Bird G et al 2006)。
また、この「一度、思い込んだらなかなか変えることができない」という特徴は、コミュニケーションの中でも起こってきます。
コミュニケーション
自閉スペクトラム症のコミュニケーション場面で何が起こっているかは非常に難しい問題です。かつては、「心の理論」という漠然とした理論で説明がなされていましたが、「心の理論」では曖昧すぎて実際にはなにが起こっているか分かりづらいと思います。
心の理論研究で押さえておきたい点は、心の理論課題とよばれるテストは、ワーキングメモリーと言語能力によって左右されてしまうという点です。例えば、Happe(1994)は、高度な心の理論課題を作り、自閉スペクトラム症(当時はアスペルガー症候群)に心の理論の問題が生じることを示そうとしましたが、これはほぼ国語の問題(言語的な問題)になってしまうのです。
そこで、一つ一つの現象を整理しながら、どうして相手の気持ちを読むことが苦手になるのかを考えていきます。
まず最初に、これまできてたように視線のあいづらさがあります。この視線はコミュニケーションの中でも重要な役割を持ちます。例えば、「時計をちらっとみた」、「なにか手元の方を見て話している」などのように相手の視線が何を見ているかに気づくことで、相手の考えていることを予測することができる場合があるからです。
また、表情認知に関する問題でもあったように相手の表情(特に目)から感情を読み解くことが苦手であることがコミュニケーションの中でも出てきます。例えば、声をかけようとした人がイライラしている表情であれば、声をかけるのをやめようとしたり、疲れた表情であれば、「大丈夫?」「どうしたの?」と声をかけるなど、相手の表情から相手の心を読み解くことで分かることもあります。
コミニケーションの言語的な部分に関しても幾つかの問題があります。古典的には、字義通り性と指摘された、言葉を言葉通りに受け取ってしまう部分です。
この部分は、関連性理論とよばれる、言葉でのコミニケーションに関する理論を援用して考えていくと整理できます。コミニケーションにおいて、話し手は自分が思っている考えの全てを発話しません。もし、そうしてしまうと非常にコミニケーションが煩雑になってしまうからです。例えば、「お風呂をちょっと見てきて」という発話を考えてみましょう。「お風呂をみてきて」という発話をそのまま理解しようとすると、「お風呂を見る」ことを指示していることになります。しかし、多くの場合話し手は、それ以上の指示を出しています。例えば、「お風呂のお湯があふれていないか見て、あふれそうだったらお湯を止めてほしい」などの言葉です。このような言葉を全て発話しようとするととても効率が悪いのです。そこで、話し手は、会話を省略しようとします。
この省略されるパターンには幾つかありますが、自閉スペクトラム症にとって苦手な省略のパターンは、『なにを想定して、こと発話をしたのか』を推測することになります。自閉スペクトラム症の人にとって、「何かを想定しているはずだ」というところまでは、なんとなく察しがつくのですが、その解釈をする際に、一般的事実、自分の知識によってその抜けている情報を補おうとするのです。
例えば、矢野(2010)では、自閉スペクトラム症の子に次のような会話を見せました。
A:「いまから、プールに行こうよ」
B:「いまから、習いごとがあるんだ。ごめん。」
この会話で、Bが何をいいたかったかを推測させると自閉スペクトラム症の児童も統制群の児童も「プールにはいけない」と答えたのですが、「なぜそう思ったの?」と理由を尋ねると、統制群の児童は、「Bが習いごとがある」と言ったからと答えるのに対し、自閉スペクトラム症の児童は、「習いごととプールは両立できない」から等のように一般的な知識からBの発話を解釈している傾向にありました。
自閉スペクトラム症の方も、皮肉等の言葉の裏に隠れた言葉には気がつくのですが、その解釈を行う際に、自分の経験や一般的知識を優先的にしてしまう傾向にあります。これは、『経験があるものは分かるけど、経験がないものは分からない』という体験に一致していると思います。
まとめ
ASDの基本的な障害は、まだまだ分かっていません。しかし、その中心にあるのは幾つかの認知的特性のようです。近年は、心の理論などの抽象的な概念よりもさらに具体的な認知科学からの研究も増えてきました。認知科学的研究が進むほど、ASDの症状も分かってくると思います。
参考文献
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- David Q. Beversdorf, Brian W. Smith, Gregory P. Crucian, Jeffrey M. Anderson, Jocelyn M. Keillor, Anna M. Barrett, John D. Hughes, Gretchen J. Felopulos, Margaret L. Bauman, Stephen E. Nadeau, and Kenneth M. Heilman. 2000 Increased discrimination of “false memories” in autism spectrum disorder Proc Natl Acad Sci U S A. 2000 Jul 18; 97(15): 8734–8737.
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- Bottini, S. 2018 Social reward processing in individuals with autism spectrum disorder: A systematic review of the social motivation hypothesis Research in Autism Spectrum Disorders Volume 45, January 2018, Pages 9-26
- Greenaway R, Plaisted K. 2005 Top-down attentional modulation in autistic spectrum disorders is stimulus-specific. Psychol Sci. 2005 Dec;16(12):987-94.
- Happe, F. 1994 An advanced test of theory of mind : understanding of story characters’ thoughts and feelings by able autistic, mentally handicapped, and normal children and adults”, Journal of Autism and Developmental Disorders, 24, 129-154
- Rachel S. Brezis 2015 Memory integration in the autobiographical narratives of individuals with autism. Front Hum Neurosci. 2015; 9: 76
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- 矢野宏之 岩元澄子 関連性理論からみた自閉症児の発話解釈 久留米大学心理学研究 第 9 号