脇見恐怖症とは?
脇見恐怖症とは、最近知られるようになった対人場面に症状が出てくる恐怖症の一種です。「脇見」とあるように、見てはいけない人に吸い寄せられるように目がよっていきます。そして、「見てはいけない」「見ている人に迷惑をかける」という考えが浮かび苦しくなります。目をそらそうと努力するのですが、目をそらすことができません。
例えば、電車やバスに乗っているときに、男性の頭や股、女性の胸や太ももなどに対して目がいきます。目をそらそうとするのですが、どうしても視野の中に入ってしまいます。他にも、店のレジでの店員さんに対して、講演会などの会場などで脇見は起こります。
脇見恐怖症は、対人恐怖症のこと
脇見恐怖症は、実は新しい病気ではありません。DSM-5には、対人恐怖症という名前の病気があり、その中の症状の一つに脇見の記述があります。DSM-5によれば、対人恐怖症は日本に特有の病気とされています。英語での表記も日本語と同じTaijin kyofushoです。
DSM-5には、似た病気として、社交不安症という病気があります。社交不安症も対人恐怖症も対人場面で症状が起こることに変わりはありません。しかし、社交不安症は、周囲から見られることが気になることに対して、対人恐怖症は自分が人を見てしまうことが気になります。つまり、恐怖の方向性が全く逆になるのです。
なぜ脇見をしてしまうのか?
簡単に言えば、「見てはいけないと思っているから」になります。脇見恐怖症の脇見が起こる対象は見てはいけないものになります。男性の頭がはげている、女性の胸を見るなど、「社会通念上、見てはいけないもの」が対象になります。
一方で、このような対象が実物ではなく、写真で提示されると脇見が起きなくなります。もし、かりにその物体の視覚的な特性によって脇見が生じるならば、写真によって提示されても脇見は起こるはずです。しかし、脇見は起きません。 写真は見ても、相手に迷惑をかけるわけではありません。そこで、「見てもいい」と考えるのです。そのため、脇見が起きなくなります。
人間は、特定の行動を禁止されると、その行動を取ろうとしてしまう癖があります。「脇見をしてはいけない」と禁止をされると、脇見している対象に余計に意識がいってしまいます。これが脇見恐怖症の中心的な症状の一つです。
また、 「視界の端に見えているものが気になり続けている」「吸い寄せられるようにめが動いてしまう」 という現象は、周辺視野と中心視野によって説明ができます。人間の視野は中心視野と周辺視野に分けられます。周辺視野は、中心視野に比べて、あまりものは見えていないと考えられています。そのため、周辺視野にあるものに注意が向くと、その対象を中心視野にうつるように目を動かそうとするのです。
脇見は普通の人では起きないのか?
人間の五感の中で、視線というのは、注意の向け方と非常に関わりがあります。例えば、音はたくさんの音に集中しようとしても、耳の形を変えることはできません。しかし、目は注目したい対象に瞬時に注意が向きます。
そのため、環境の中で気になるものがあると自然に目がいってしまいます。つまり、どんな人でも実は脇見そのものは起こっています。別の言い方をすると一瞬のちら見というのは、よく起こります。
さらに視点は実は絶えず動いています。テレビのようなものを見ているときでも絶えず細かく動いています。
このことから分かるように、視線というのは、凝視しているとき以外は絶えず動いていて、環境の変化に対して反応し続けているといえます。そのため、「脇見」という現象自体は、脇見恐怖症を持っていなくても生じるのです。
人を見ると気づかれて、迷惑をかける?
脇見恐怖症の人は、「人を見ると、気づかれて、迷惑をかける」と思い込んでいます。確かに人間には視線を検出して、相手がなにを見ているのかを瞬時に気づく能力があります。特に「見られている」という感覚に対する過敏さがあります。視覚情報の中から、自分を見ている視線を素早く検出する能力もあります。
しかし、その視線を検出する能力は、脇見恐怖症の人が思っているほど鋭敏ではありません。例えば、後ろから見られていても、その視線に気づくことはありません。「気を感じているのではないか?」思う方もいますが、実際にはそのようなことはありません。
また、視野の中に「自分を見ている人の目」があっても必ずしもその情報を拾うわけではありません。特に周辺的な視野に入る状態や、目は開けているけれどぼんやりしている状態では、気づかないことも多いです。
このように、「人を見ていると、その人が見られていることに気づく確率を高く見積もっている」という考え方の癖が脇見恐怖症の人にはあります。
また、「相手が視線に気づいた際にかなりの迷惑をかけてしまう」という、影響力の大きさも大きく見積もってしまいます。人は見られていると、反射的に見ている人の方に注意が向くために、見つめ返すという現象は起きます。しかし、何度も見つめ返すという現象が起きる等、特定の状況でないと「迷惑をかけている」という状況にはならないことがあります。
さらに、この考え方の癖を強める物があります。それが、「後知恵バイアス」と呼ばれるものです。後知恵バイアスとは、「今日は悪いことが起こりそうだ」と思うとどんなに小さな悪いことでも、「自分の予想通り」だと考えてしまう考え方の偏りです。
後知恵バイアスは、予想が不明確なほど起こりやすいのです。例えば、「人は見られていると、それが嫌だというサインを出す」という予測は、その人が咳払いやため息など、どんな行動をとっても、この予測に当てはまってしまいます。
また、日常生活の中では、積極的に予想を検証しようとしません。なので、人を見ているときに、たまたま咳払いをされると、「自分の予想は当たった」と勘違いをしてしまいます。これも、後知恵バイアスの一種です。この後知恵バイアスが、考え方の癖を強めてしまうのです。
克服法は?
克服法は、認知行動療法になります。認知行動療法は、体験を通して恐怖に対する耐性を身に付け、恐れているものに対する考え方を変える方法です。
認知行動療法の最初のステップは病気の悪循環を知ることです。これまで見てきたように、脇見恐怖症の悪循環を知ることで、自分の病気が維持されている理由を知っていきます。
次のステップは、自分の心配していることが本当にそうなるのかを実験を通して試していきます。これを認知行動療法の専門用語では暴露や行動実験と呼びます。
具体的には、人をじっと眺めてみるという避けていることをあえておこない、「人をじっと見つめて何が起こるのか?」「本当に心配するようなことが起こるのか?」「起こったとしたら、その影響はどれくらいのものなのか?」などを調べていきます。
この体験を繰り返すうちに、「人をじっと見ても大丈夫」という感覚を身に着けていきます。この感覚が体験によって身についてくると、脇見恐怖症はよくなります。