ためこみ症とは

ためこみ症(強迫症)
Pocket

はじめに

ためこみ症(Hoarding Disorder)は、DSM-5によって初めて定義された精神疾患です。ものを捨てることに苦痛が生じ、生活空間にものをためこんでしまいます。以前は、強迫症の一つの下位分類と思われていましたが、研究が進むにつれて、強迫症とは別の疾患であることが分かってきました。

強迫症は、望まない侵入思考が生じ、強迫行為が生じます。一方、ためこみ症は、そのような侵入思考が生じません。また、強迫症の多くは、自分がやっている行動がおかしなことであるという洞察を持っていますが、ためこみ症の多くは洞察がなく、自分の意志で行っているという感覚があります。強迫症は強迫行為と呼ばれる同じような反復行動が生じますが、ためこみ症では反復行動は生じません。収集や保存行動に伴って苦痛が生じるわけではなく、廃棄するときに苦痛が生じます。また、感情的な苦痛は、強迫症では不安が中心ですが、ためこみ症は悲しみや怒りです。また、ためこみ症にとって、収集行動が報酬として機能している点も特徴的です。

ためこみ症の定義と特徴

ためこみ症は、DSM-5において、次の3つの主要な特徴を持っています

  1. 物を捨てることの困難さ:物の価値に関係なく、ほとんどの物を捨てることができない。
  2. 過剰な収集:必要以上に物を集めてしまう傾向。
  3. 物の蓄積による生活空間の制限:物があふれて生活空間が機能しなくなる。

また、ためこむものは、物質的なもの、動物、データなどがみられます。動物については、DSM-5にも記載があります。動物をためこむタイプをアニマル・ホーダーと特別に呼ぶ場合もあります。

発症と臨床的経過

多くの研究で15-19歳の間に発症するとされています。多くは慢性の経過をたどり、10年ごとに重症度がまし、30代後半から40代前半までに中等度以上になります。現在のところ、性差はないと考えられています。

ためこみ症は、愛する人の他界などの直近トラウマによって悪化します。愛する人の遺品を処分することができず、ためこみ行動を予防している家族がいなくなることで悪化します。

トラウマとの影響

ためこみ症は、小児期のトラウマ(幼少期の逆境体験)を体験していることが多いと言われています。そのため、不安定なアタッチメント・タイプになりやすいことも指摘されています。一方で、PTSDの有病率が高くないため、ためこみ症がPTSD症状を予防している可能性が示唆されています。

また、発症の直前には喪失や剥奪の関するトラウマを体験していることが知られています。例えば、最愛の家族との死別や別れなどが発症や重症化の契機になることが知られています。

神経発達症との関係

ADHDは、片付けられないことで知られています。その背景には、「ものを捨てることに迷う」という特性があります。ためこみ症は、ADHDと何らかの関係があると言われています。

ためこみ症患者の20%はADHDの診断を満たすことが知られています。ADHDの不注意症状は、成人におけるためこみ症と関係がありますが、多動・衝動性は関係がみられないようです。また、小児期のADHDは、ためこみ症の危険因子と考えられています。

また、自閉スペクトラム症(ASD)との関連は明確ではありませんが、ASDの症状としてためこみ行動が出現する可能性も考えられています。

ためこみ症の認知行動モデル

ためこみ症の認知行動療法モデルには、脆弱性、情報処理の問題、所有物に対する意味付け、収集と保存の強化の4つの要因に整理されます。

脆弱性

ためこみ症は、30%から50%までが、遺伝による影響が考えられています。最も頻度の高い併存疾患はうつ病です。また、トラウマの病歴も脆弱因子として知られている。また、高血圧、糖尿病、心臓病などの慢性的な身体疾患も脆弱性として知られています。

情報処理の問題

情報処理に関わる問題でよく知られているものがADHDとの関係です。特に研究上は不注意症状と関係があると言われています。ADHDには、『あるものが、必要なものが必要ではないものなのか判断が難しい(意思決定)』『ものが見えていないと、その存在を忘れてしまう(記憶)』という特性があります。このことがためこみ症に影響を及ぼしていると考えられます。

ためこみ症に関する研究では、注意が乱されやすく、気が散る環境では上手く対象に注意が向けられないという認知的柔軟性の欠如が指摘されています。この特性が、「かき回す(churning)」と呼ばれる、ものを移動するだけでものを捨てることがない行動に結びついている可能性があります。

ためこみ症者は、自分が所有しているかどうかの記憶に対する自信が低下することが知られています。また、所有物をカテゴリーに分類することができず、所有物を視覚的・空間的に整理する傾向が知られています。

「clutter blindness」と呼ばれる、散らかったものを、散らかっていると認識できない特性が知られている。これは、家庭内に部外者がいると、散らかっていることが認識できるが、家族のみであると、散らかっていると認識できない行動として知られています。

また、ためこみ症は、完璧主義のために、意思決定が生じるさいに先延ばし・優柔不断に考え続けるという回避行動を取ることが知られています。そのため、所有物を捨てるかどうかに悩み続ける傾向にあります。

所有物に対する意味付け

ためこみ症と健常な人とでは、ものを所有する理由に違いはみられない。ただし、その程度が問題になる。

機会とアイデンティティ

自分の持ち物が自分にとってとても大切な機会を提供しているという感覚です。そのため、ものを手放すことが自分にとって深刻な機会の喪失と捉える傾向にあります。そのため、自分にとって所有物が自分一部であり、アイデンティティの代用品として機能する傾向があります。そして、それが自分の過去を保存するものであり、将来の自分にとっても必要なものであると認識する傾向にあります。

快適さと安全性

ためこみ症の人にとって、自分の所有物は危険な世界の中で、安心を生み出す存在として機能しています。つまり、ものを所有していることで安心感を得ているのです。これは、PTSD症状の発生をおさえている可能性が指摘されています。つまり、ものを所有することで、不安へ対処していると考えられています。

責任

ためこみ症の人は、保存したくないものも保存していることがあります。その場合、その理由は責任感であることが多いです。自分の所有物のすべての使用用途をみつける、所有物によってえられる機会を無駄にしない、所有物の幸福のために、他の人に役に立つかもしれないと責任を感じています。

Material scrupulosity(物質的倹約)と呼ばれる「所有物を傷つけたり無駄にしたりしないよう、それらを大切に扱う義務や道徳的・倫理的責任を過度に感じること」という感覚を持っている人も多いです。無駄を避けるために、捨てられなかったり、適切な次の住処を見つけてあげなければ手放すことができないという感覚があります。所有物を擬人化し、その擬人化された所有物を丁寧に扱うという感覚があります。

美学

ためこみ症の人は、何らかの芸術作品をディスプレイするような感覚で所有物をためこむことがあります。

収集と保存の強化

ためこみ症は、所有物を使うことが少なくなります。買ったのに使うことが少ないのです。また、物を捨てることによる感情的な苦痛に耐えることができない。このような感情的な苦痛に対する耐性が低く、避ける傾向にあります。

一方で、ものを収集することには、とても気分が良くなります。ものを収集する(拾ってくる)ことに快感を覚えることもよくあります。

治療法

ためこみ症の治療には、主に認知行動療法が用いられます。

認知行動療法(CBT)

ためこみ症に対する認知行動療法は、まだ研究途上です。多くの場合は、所有に対する認知に働きかける、散らかっていない家をヴァーチャル・リアリティで体験する、捨てることへの曝露、収集への衝動に耐える、などが言われています。また、治療への動機づけを高めるために動機づけ面接を用いることが言われています。

また、Cognitive Rehabilitation and Exposure/Sorting Therapy (CREST) と呼ばれる、認知行動療法のパッケージもあります。これは、認知リハビリテーションと認知行動療法を組み合わせた治療で、ためこみ症の注意・記憶の問題などの認知的リハビリテーションを行いながら、認知行動療法を行います。

支援グループ

ためこみ症に対する支援グループは、同じ問題を抱える人々が集まり、経験や対処法を共有する場です。このようなグループは、患者が孤立感を感じることなく、互いに支え合うことができます。

また、地域の人をまきこんでハーム・リダクション・アプローチをとることもあります。

薬物療法

ためこみ症を対象にした薬物療法の臨床試験が少なく、有効な薬物療法が不明な状態です。今後は、抗ADHD薬、SSRIを中心とした薬物療法の研究が待たれます。

参考文献

Piacentino D, Pasquini M, Cappelletti S, Chetoni C, Sani G, Kotzalidis GD. Pharmacotherapy for Hoarding Disorder: How did the Picture Change since its Excision from OCD? Curr Neuropharmacol. 2019;17(8):808-815. doi: 10.2174/1570159X17666190124153048. PMID: 30678629; PMCID: PMC7059160.

Rodriguez, Carolyn I. Frost, Randy O. 2022 Hoarding Disorder: A Comprehensive Clinical Guide Amer Psychiatric Pub Inc

Mathes, B. M., Timpano, K. R., Raines, A. M., & Schmidt, N. B. (2020). Attachment theory and hoarding disorder: A review and theoretical integration. Behaviour Research and Therapy, 125, Article 103549.

Fontenelle LF, Muhlbauer JE, Albertella L, Eppingstall J. Traumatic and stressful life events in hoarding: the role of loss and deprivation. Eur J Psychotraumatol. 2021 Jul 22;12(1):1947002. doi: 10.1080/20008198.2021.1947002. PMID: 34367527; PMCID: PMC8312593.

Pocket

タイトルとURLをコピーしました