今回は、パニック症の治療ガイドラインを解説します。
疫学
パニック症の生涯有病率は2-5%程度です。性差に関しては、女性の罹患率が男性の約2倍であることが言われています。発症年齢のピークは20代前半から30代前半ですが、小児期や高齢期での発症もみられます。
リスク要因
パニック症の発症メカニズムは未だ完全には解明されていないが、以下のようなリスク要因が同定されています
a) 遺伝的要因:家族歴が陽性である場合、発症リスクが上昇します。
b) 環境要因:
- 慢性的なストレス暴露
- 幼少期のトラウマ体験(虐待、両親の離婚など)
c) 性格特性特に不安傾向の強い個人において発症リスクが高いといわれています。
d) 生活習慣:
- 喫煙:ヘビースモーカーにおいて発症リスクの上昇が報告されています。
- カフェイン過剰摂取:パニック発作の誘因となる可能性があります。
- これらの要因が複合的に作用し、パニック症の発症に寄与すると考えられています。
臨床症状
パニック症の中核症状はパニック発作である。DSM-5-TRの診断基準によれば、パニック発作は以下の症状のうち4つ以上を伴う、急激な不安や恐怖の増大として定義されます:
- 動悸、心悸亢進、頻脈
- 発汗
- 身体の震え、戦慄
- 息切れ感、呼吸困難感
- 窒息感
- 胸痛、胸部不快感
- 悪心、腹部不快感
- めまい感、ふらつき感、失神感
- 現実感消失(非現実感)、離人症状
- コントロールを失う恐怖
- 死の恐怖
- 感覚異常(しびれ感、ピリピリ感)
- 冷感、熱感
パニック発作自体は通常10-30分程度で収束しますが、その後も発作の再発への強い不安や予期不安が持続します。これらの症状により、しばしば広場恐怖や回避行動が二次的に生じ、日常生活に支障をきたすようになります。
また、診断基準上は、パニック発作が繰り返し起こることが必要になります。
治療法
パニック症の治療は、主に認知行動療法(CBT)と薬物療法の2つのアプローチが用いられます。
4.1 認知行動療法(CBT)
認知行動療法は、パニック症に対する第一選択の心理療法として位置づけられています。パニック症の認知行動療法では、パニック症の患者は、自らの身体的な反応を非常に危険なものだと認識してしまう破局視と呼ばれる認知を中核的な病理と考えます。
パニック症の認知行動療法は下記の内容が含まれています。
1)心理教育
パニック障害の本質、身体感覚の原因、不安反応のメカニズムについて患者に説明します。これには「戦うか逃げるか」の反応や、過呼吸がパニック症状を引き起こす仕組みなどが含まれます。
2)認知的再構成
患者の破局的思考や誤った信念を特定し、より適応的で現実的な解釈に置き換えます。これには「理論A」(パニック症状は危険であるという信念)と「理論B」(症状は不快だが無害であるという代替説明)の比較が含まれます。
3)行動実験
患者の恐れを直接テストするために設計された体験的学習活動です。これらの実験は、パニック症状を誘発し、安全行動を排除しながら、破局的な結果が実際には起こらないことを証明するために使用されます。例えば:
- 過呼吸実験:息切れ感や他のパニック症状が過呼吸によって引き起こされることを示します。
- 注意実験:体の感覚に注目することで症状が増幅されることを実証します。
- 安全行動の操作:安全行動を行うことでパニック症状が悪化することを示します。
4)段階的暴露
恐れている状況や身体感覚に徐々に向き合うことで、不安を軽減し、新しい学習を促進します。これには公共交通機関の利用や混雑した場所への訪問などが含まれる場合があります。
5)安全行動の特定と排除
パニック発作を防ごうとする対処行動(例:水を飲む、呼吸をコントロールしようとする)を特定し、これらが実際には問題を維持していることを示します。患者はこれらの行動を徐々に減らすよう奨励されます。
6)イメージ作業
パニック発作中に経験する恐ろしいイメージを特定し、より現実的で適応的なイメージに変換します。
7)セルフモニタリング
パニック日記を使用して、患者が発作の頻度、強度、関連する思考や行動を追跡できるようにします。
8)再発予防
治療の終わりに向けて、患者は「セラピーの設計図」を作成し、学んだ戦略をまとめ、将来の課題に対処する計画を立てます。
9)ブースターセッション
主要な治療セッションの後、2回のブースターセッションを設け、進捗を確認し、残っている困難に対処します。
4.2 薬物療法
薬物療法は、症状の重症度や患者の希望に応じて、単独あるいはCBTとの併用で実施される。
第一選択薬
選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)が第一選択薬として推奨される。
SSRIの効果は通常、投与開始後2-4週間程度で現れ始めます。効果が最大になるのに8-12週間程度かかることがあります。
第二選択薬
SSRIが無効あるいは不耐容の場合、以下の薬剤が考慮される:
a) セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)
b) 三環系抗うつ薬(TCA)
TCAsはSSRIと同等の有効性を示すが、副作用プロファイルがより不良であるため、第二選択薬として位置づけられている。
補助薬/短期使用薬:
ベンゾジアゼピン系抗不安薬は、即効性があるため短期的な症状コントロールに有用である。ただし、依存性や耐性の問題があるため、通常は2-4週間程度の短期使用にとどめる。
治療抵抗性の場合の選択肢:
上記の標準的治療に反応しない場合、以下のような選択肢が考慮される:
- モノアミン酸化酵素阻害薬(MAOI)
- 抗てんかん薬(バルプロ酸、ガバペンチンなど)
- 非定型抗精神病薬(低用量)
アメリカ精神医学会における薬物療法の容量
薬剤 | 開始用量と増量単位 (mg/日) | 通常の治療用量 (mg/日)a | 国内の動向 |
---|---|---|---|
SSRI | |||
シタロプラム | 10 | 20-40 | 未発売 |
エスシタロプラム | 5-10 | 10-20 | 適応なし:うつ病として20mgまで |
フルオキセチン | 5-10 | 20-40 | 未発売 |
フルボキサミン | 25-50 | 100-200 | 適応なし:うつ病など150mgまで |
パロキセチン | 10 | 20-40 | 適応あり:30mgまで |
パロキセチンCR | 12.5 | 25-50 | 適応なし:うつ病など50mgまで |
セルトラリン | 25 | 100-200 | 適応なし:うつ病など100mgまで |
SNRI | |||
デュロキセチン | 20-30 | 60-120 | 適応なし:うつ病など60mgまで |
ベンラファキシンER | 37.5 | 150-225 | 適応なし:うつ病など225mgまで |
TCA | |||
イミプラミン | 10 | 100-300 | 適応なし:うつ病で300mgまで |
クロミプラミン | 10-25 | 50-150 | 適応なし:うつ病で225mgまで |
デシプラミン | 25-50 | 100-200 | 発売中止 |
ノルトリプチリン | 25 | 50-150 | 適応なし:うつ病で150mgまで |
ベンゾジアゼピン系薬剤 | |||
アルプラゾラム | 0.75-1.0b | 2-4b | 適応なし:不安・緊張などに1.2mgまで |
クロナゼパム | 0.5-1.0c | 1-2c | 適応なし:精神運動発作などに6mgまで |
ロラゼパム | 1.5-2.0b | 4-8b | 適応なし:神経症における不安・緊張などに3mgまで |
b 通常、1日3~4回に分けて投与する。
c 多くの場合、朝と夕方の2回に分けて投与する。
4.3 治療アルゴリズム
- 軽症〜中等症の場合:認知行動療法を第一選択とする。
- 中等症〜重症の場合:認知行動療法とSSRIの併用を考慮する。
- SSRIが無効の場合:別のSSRIへの変更、あるいはSNRI・TCAへの変更を検討する。
- 薬物療法が無効の場合:他のクラスの薬剤への変更や併用療法を考慮する。
- 治療抵抗性の場合:専門医へのコンサルテーションを行い、MAOIや抗てんかん薬などの使用を検討する。
4.4 国内のガイドライン
- 診断基準に照らして、診断の確認と器質性疾患の除外。
- 薬物療法によって、パニック発作を消失させる。
- その他の不安も薬物で出来るだけ軽減させる。
- 薬物に加えて、一般的な支持療法(保証、激励など)を必ず併用する。不安への対処法、リラクセーション法などの認知行動療法的指導も加えることが望ましい。
- 不安の十分な改善が見られたら(突発性パニック発作が消失し、その他の不安も軽減したら)、行動練習(曝露療法)を促す。
- 治療の目標は全ての症状の寛解と機能の回復である。
- 妊娠など、薬物療法が出来ない、または望まない患者は専門医へ紹介する。
参考文献
PRACTICE GUIDELINE FOR THE Treatment of Patients With Panic Disorder Second Edition
Ziffra M. Panic disorder: A review of treatment options. Ann Clin Psychiatry. 2021 May;33(2):124-133. doi: 10.127788/acp.0014. PMID: 33529291.
Manjunatha N, Ram D. Panic disorder in general medical practice- A narrative review. J Family Med Prim Care. 2022 Mar;11(3):861-869. doi: 10.4103/jfmpc.jfmpc_888_21. Epub 2022 Mar 10. PMID: 35495823; PMCID: PMC9051703.
Brief Cognitive Therapy for Panic Disorder in Adolescents: Clinician Manual and Session-by-Session Guide
パニック障害の治療ガイドライン