多頭飼育〜アニマルホーダーという病

ためこみ症(強迫症)
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「猫屋敷」に潜む精神疾患

近年、日本でも多頭飼育崩壊という言葉をニュースや新聞でもよく耳にするようになりました。その多くは、人間にとって最も身近なペットである猫や犬を対象にして収集しているというケースで、「ネコ屋敷」として近隣住民の間でもトラブルが発生し発覚しています。

これは、単なる迷惑な住人・動物を虐待する非道な住人として片付けられてしまう問題ではありません。

多頭飼育者となってしまう人は、アニマルホーダーと呼ばれ、その状態そのものが精神疾患のひとつであるとして考えられています。アメリカやドイツでは動物愛護団体が中心となって、10数年前から地域や国家をあげてこの問題について取り組んでいますが、日本人にとってはまだまだ馴染みの薄い言葉かもしれません。アニマルホーダーは、強迫性障害と関連のある溜め込み症の一種です。「ゴミ屋敷」に見られるような、ゴミや不用品を収集して手放すことのできない溜め込み症に対して、アニマルホーダーはその執着が動物に対して向けられています。

アニマルホーダーを発症しやすい人

彼らはしばしば、自分のペットである動物たちを自分の子供や赤ちゃんであるかのように言います。アニマルホーダーを発症するには、多くの場合、いくつかのきっかけがあり、中にはトラウマ的な症状を抱えている人も少なくありません。近親者や大切な存在との死別、生活上の困難な障害や身体的な重大な疾患など、本人が非常に追い詰められる体験を経験したあとに動物に対する強い愛着からアニマルホーダーを発症しています。社会的に孤立してしまっている場合が多く、一人暮らし(独身、未亡人、離婚など)の中高年女性が多いと言われていますが、男性や夫婦であってもアニマルホーダーを発症する可能性はあります。

アニマルホーダーの当事者は、自分が問題を抱えているという自覚を持っておらず、しばしば近隣の住民と衝突してしまいます。

彼らの中には、自分が動物を保護しなければという強い責任感に突き動かされて、捨てられた動物や迷い猫を収集し続けている人もいます。他者から見捨てられた動物を自分が愛さなければいけない、その愛情を向けることができるのは自分しかいない、保護した動物から愛情を与えてもらうことができなければ自分を保つことができない、というような信念によって動物を集め続けてしまうのです。

 

人も動物も蝕まれていく

アニマルホーダーの人々は、自分はペットを愛しているのだと言います。そして、人間に捨てられた可哀想な動物を自分の手元に保護することで、彼らから愛情を得ようとしています。しかし、彼らの世話をしたいという意思とは裏腹に、実際には十分な餌を与えたり衛生的な環境を用意することができません。不安や強迫的な責任感に支配されているため、物事の判断や決定を正常に行うことができなくなっています。自分のエネルギーや時間、お金のすべてを動物の収集に費やしてしまい、社会的な活動や自分の生活が疎かになっていきます。また、常に動物と暮らす中で不安を抱えているため、ほとんどの人が慢性的な睡眠障害を抱えているようです。

アニマルホーダーの8割が、病気の動物や死亡した動物を敷地内に抱えていると米国のデータにはありますが、同じ住環境のなかで動物を媒介して感染するウィルスを吸入したり、死骸や糞尿から発生するアンモニアやノミを吸引することで生じる深刻な健康被害も起こっています。そして、このような問題が近隣の住民へも広がり、不安を呼んで深刻な近隣トラブルへと発展してしまいます。

動物たちもまた、過酷な環境にさらされることになります。多くの場合、去勢や避妊を行わないまま飼育されているため、自然の本能のままに交配し続け、一つの住居に多くの動物が閉じ込められてしまいます。限られた餌を巡って毎日が争いのストレスにさらされ、病気になり、死んでいきます。

 

周囲の理解と協力が必要

日本では、法律上はペットを本人の所有物として認められているため、所有者である本人が破棄しない限り、アニマルホーダーの問題に対して行政や司法が介入することが難しくなっているのが現状です。また、アニマルホーダーの当事者は自分が問題を抱えているという自覚を持たないことが多く、多くの動物を所有し続けることが自分と動物を苦しめているということに思い当たることができません。彼らに対して治療の必要性を示し、動機づけを行わない限り、治療のルートに乗せることが困難です。

彼らの抱える問題の中心となっているのは、孤立と孤独です。動物への無軌道な執着が暴走した時、本来彼らの最も近くにいるはずの存在である家族や友人が、彼らの様子に恐怖し対立の姿勢を取ってしまうことで、孤立が深まってしまいます。動物を閉じ込め、病気や飢えで死なせてしまうという彼らの行いは、残酷な虐待であると憤慨し飼育者を批難してしまいがちですが、その本人が抱えている深刻な心の問題に理解を示していくことも必要です。

アニマルホーダーは、飼育者と動物を物理的に完全に引き離すことができたとしても、未治療のままでは再びホーダーに陥る可能性があります。

治療では、アニマルホーダーに対する認知行動療法が有効であることが分かっています。このとき、セラピストの指導のもとで家族や友人が当事者の治療に関わることで、より早い改善が期待できるのです。彼らが動物に求めた愛情を、家族や友人といった近くにいる人々が与え続けることのできる環境を維持していくようにします。

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