今回は、強迫性障害とはあまり関係ないかもしれません。
私の大学時代の恩師の先生は、山上敏子先生でした。恐らく、精神科医療の中で、最初に行動療法を始めたのは山上先生ではないかと思います。
山上先生は、暴露儀式妨害法が確立される前の系統的脱感作法を考案したジョゼフ・ウォルピの元で習われた先生です。1969年の頃のようです。
山上先生は、非常に臨床に厳しい先生でもありましたが、とても患者さんに優しい先生でもありました。
山上先生は九州大学が出身でしたが、九州大学には山上先生が残した一つの伝統があります。それは、患者さんと一緒にカンファレンスをするという伝統です。これは、患者さんと二人三脚をしていくという先生の考えの元に行われたものでした。この伝統は、現在もあります。
私は、大学卒業後、福岡を離れ熊本の地にしばらくいました。熊本には、2007年まで、原井宏明先生・岡嶋美代先生がいらっしゃいました。原井宏明先生は、山上先生が肥前精神医療センターにいた時代に、行動療法を習われた先生です。
原井先生・岡嶋先生は、色々な治療法を参考にされていますが、その最初に参考にしたのは、「強迫性障害を自宅で治そう!―行動療法専門医がすすめる、自分で治せる「3週間集中プログラム」 エドナ・B. フォア です。英語版は、Stop Obsessing!: How to Overcome Your Obsessions and Compulsions といいます。エドナ・フォアは、とても有名な心理士で、この強迫性障害に対する暴露儀式妨害法を確立した方でもあり、PTSDに対する持続エクスポージャー療法を考えだした方でもあります。
私は、熊本には強迫性障害の当事者会があり、原井先生が時々熊本に来ていることを知り、原井先生に行動療法について教わりました。
当事者会に参加した当時は、強迫性障害を克服した当事者の方たちから学ぶことが多く(今もですが)、とても貴重な体験でした。
また、病院には受診することができない(一度も、医療機関に本人がいけない)ケースも、多々あるのだと痛感しました。
特に患者さんのご家族からの相談もとても多いです。ご家族も、関わり方によっては、治療的になったり、症状を悪化させてしまいます。
参考:強迫性障害(強迫症)の家族がしてしまっていること・できること(再編集)
更に、多くの病院で行動療法・認知行動療法が実施されていないという現実もそこにはありました。
強迫性障害というのは、とても不思議な病気です。1970年代より、暴露儀式妨害法を越える心理療法が出ておらず、また薬物療法と同等に心理療法が有効であることが示されている数少ない病気です。
参考:アメリカ心理学会(American Psychology Association)の第12部
参考:イギリスにおける心理療法
むしろ、臨床的な実感として、薬物療法だけでは治らないケースは、認知行動療法を積極的に行なった方がいいと思います。
しかし、実際は強迫性障害に対する認知行動療法を提供できる施設は、本当に少ないです。更に、認知行動療法に詳しい先生はいても、一緒にエクスポージャーをやってくれる先生は、一握りです。
その背景として、医療機関では、認知行動療法だけに時間をさく事ができません。医師は診察に追われ、クリニックでは再診の時間を長くとれません。心理士が認知行動療法を行なっても保険点数がとれません。経営上、同じ保険が効くならば、心理検査を取るでしょう。
実は、認知行動療法の保険点数化の案は、少し前に厚生労働省に提出されましたが、却下されました。
参考:日本不安障害学会による「不安障害の認知行動療法の平成26年度診療報酬改定提案書」について
この背景になにがあったかは、よく分かりませんが、一つのセラピストの確保ができないことがあるような気がします。セラピストが確保できない=保険点数化すると地域差を産むためです。
そこで、医療機関を離れて治療をしようという思いが生まれました。
強迫性障害に対する認知行動療法が保険点数化されるのは、もう少し先になりそうです。精神科医が行ううつ病に対する認知療法は保険点数化されましたが、現実に、精神科医が認知療法を時間をとってやっている施設は少ないです。それは、精神科医が認知療法ばかりやると、経営的に病院が傾くからです。
実は、臨床心理士の間でも、強迫性障害に対する認知行動療法は広まっていません。うつ病に対する認知行動療法は、詳しい方が増えていますが…。
今やっていることは、ある意味、医療への挑戦のように見えるかもしれません。
本当は、逆です。
医療化したいのです。
多くの強迫性障害の方が認知行動療法で改善され、強迫性障害に対する認知行動療法の重要性が高まれば、認知行動療法を医療化できるはずです。
(追記) 2016年4月より強迫性障害に対する認知行動療法が保険点数化されました。