強迫性障害に対する暴露儀式妨害法の体験

強迫症(強迫性障害)
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私の治療では、カウンセリングの初回か2回目では、必ず暴露儀式妨害法を行います。例え、壁を触ったり、目をつぶって机の上にあるものを鞄の中にしまうような簡単な暴露でも実際にやります。それほど、暴露儀式妨害法の体験は重要な体験になります。少しでも、平気になったという感覚が生まれれば、それが次への大きなステップになるからです。

一つの大切な点は、強迫性障害の方は、頭のなかで理屈をつけて安心感を得ようとしているという習慣があるのです。

例えば、◯◯は××にふれ、△△に触れているから綺麗、大丈夫、安全などのように、頭のなかで観念と戦っています。

強迫性障害に対する認知療法という方法もあります。確かに、強迫性障害にはリスクを高く見積もるという認知的なバイアス(偏り)があることが分かっています。

しかし、それは説得したり、論理的に考えても消えないのです。

体験によってしか分かりません。

さて、暴露儀式妨害法を体験すると、多くの人は、少しパニックになります。

「えー、どうしよう…」と静かに不安を訴える方も入れば、「嫌な感じがすごいします」と言われる方もいます。

どのくらいで、この嫌な感じが収まるかは、刺激の強さと、個人の特性によるので分かりません。

暴露儀式妨害法には、二通りあります。強い刺激で行う場合と、弱い刺激で行う場合です。

強い刺激のメリットは、確実にいい結果がでることです。
デメリットは、行うことに勇気が必要なことです。

弱い刺激のメリットは、苦痛が少ないことです。
デメリットは、実はあまり良くなっていることを実感できない場合があるということ、繰り返しやり続けないといけないことです。

治療をやっていておもうのは、不安が上がる場合、嫌な感じが高まる場合は、実は下がると感じます。

これは、パニック障害、PTSD、恐怖症の他の不安障害でも同じです。

感覚としては、暴露儀式妨害法を行うと、その感覚が痺れてくるのです。

最初に触った刺激でふっきれて、その後、汚いものをいくら触っても平気になる方もいます。

儀式妨害を完全に行うと、強迫行為を行うことをあきらめられます。

この時の反応は、明らかです。「もう、強迫行為をしても意味が無いと感じます。」「もう、どうでもいいやと思います。」という感想がきかれます。

弱い刺激でやるとこのような感覚はあまり感じられません。最近、平気になってきた気がするという感じが得られます。

ただ、弱い刺激の場合の一番の敵は継続するかどうかにあります。

私も弱い刺激でやっていた時期がありました。

しかし、その頃みていた患者さんは、残念ながら治療を続けていくことが難しかったんですね。

なぜなら、弱い刺激と強い刺激と便宜上分けていますが、患者さんにとっては全てが強い刺激となりえるのです。

弱い刺激にメリットは苦痛が少ないと書きましたが、私の観察では、弱い刺激にしても苦痛は変わらないと思います。弱い刺激に暴露しても十分苦痛です。

むしろ、最近は弱い刺激でかけると不安が上がらないから落ちないので、むしろ危険なんじゃないかとすら思っています。

また、暴露儀式妨害法に反応するかどうかは、罹患期間には関係しません。長年、強迫性障害を患っている人も暴露儀式妨害法をしっかりすれば効果があります。

併存疾患も関係ありません。発達障害の人でも、発達障害の症状であっても効果があります。

統合失調症であっても双極性障害であっても、強迫性障害としての症状であれば、効果があります。

ただし、強迫症状が統合失調症の周辺症状として出ている場合は、残念ながら効果はありません。この場合は、強迫行為は習慣化されず、いつの間にか見られなくか形を変えていく場合が多いです。

強い刺激で行なった場合は、2週間に1回、暴露儀式妨害法をするだけでも、結構、良くなります。

弱い刺激の場合は、毎日やり続けないと、良くなった感覚は得られないでしょう。

一度、私と暴露儀式妨害法を一緒にされた方は、暴露儀式妨害法が効果を持っているという実感は持たれる方が多いです。

暴露儀式妨害法は効果がないのではないか? 自分には向かないのではないか? から

暴露儀式妨害法はやりたくないけれど、やれば良くなるんだ、自分も良くなった。という状態に持っていくのが、一番大切なことです。

それは、本を読んだり、話をしただけでは分からない大切な経験です。

暴露儀式妨害法をたとえるならば、次のような体験とも言えます。

強迫性障害の方は、強迫行為をすれば、いつかは強迫観念が消える・和らぐのではないか?という希望を持っていると言えます。

暴露するとは、そのような強迫観念がとても湧きやすい状況に持って行くことです。そうすると、僅かな希望でも、助かろう、何とかこの苦しみから逃れようと必死にもがこうとします。

しかし、反応妨害で、確実に全ての希望を奪ってしまうのです。

何度洗っても汚いまま・洗い直せない、何度確認しようとしても確認できない、正確にしよう・やり直そうとしてもやり直せない、自分は犯罪者になってしまった、罰当たりな人間になった。

全ての希望がなくなると、このような状況になります。

しかし、そうなった時に、本当の光がさすのです。

本当の光とは、強迫観念という囚われから解放されているという状態です。

実は、一筋でも希望が残っていると、強迫性障害は必ずぶり返します。

これは、フォアも言っています。

実際は、ここまで大げさではないかもしれませんが、私としてはこんな感覚でやっています。

一気にやるかたも、毎日コツコツする方も、行き着く先は同じです。

参考:自分で暴露儀式妨害法をやる時の注意点:儀式妨害の方法

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