ASDにおける予測符号化モデルについて

自閉スペクトラム症
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今回は、ASDの予測符号化モデルについて解説します。

自閉症スペクトラム障害(ASD)は、社会的コミュニケーションの困難さと、反復的で限定的な行動パターンや興味を特徴とする神経発達障害です。ASDの人の脳は、非定型的な方法で予測符号化を使用している可能性があり、これがASDの多様な症状に寄与している可能性があると多くの研究者が示唆しています。

予測符号化とは?

予測符号化(predictive coding)は、脳がどのようにして情報を処理し、私たちの周りの世界を理解するのかを説明する理論です。基本的な考え方は、脳が常に未来を予測し、その予測が正しかったかどうかを確認しながら学習していくというものです。

予測の仕組み

脳は、過去の経験や知識に基づいて未来の出来事を予測します。例えば、バスが毎朝同じ時間に来ると知っていれば、その時間になるとバスが来ると予測します。

予測誤差

時々、脳の予測が外れることがあります。これを「予測誤差」と呼びます。例えば、いつもの時間にバスが来ないと、「予測誤差」が生じます。この予測誤差を通じて、脳は学習し、次に同じことが起こる可能性を調整します。

脳の働き

予測符号化では、脳は以下のように働きます:

  1. 予測の生成:
    • 脳は過去の経験に基づいて次に何が起こるかを予測します。例えば、音楽を聴いているときに次の音符を予測するようなものです。
  2. 感覚入力の比較:
    • 実際の感覚入力(現実からの情報)と予測を比較します。
  3. 予測誤差の検出:
    • 予測と実際の入力が一致しない場合、予測誤差が生じます。この誤差は脳にとって重要なシグナルであり、次の予測を改善するために使われます。
  4. 学習と更新:
    • 脳は予測誤差を使って内部モデルを更新し、未来の予測をより正確にします。

予測符号化と日常生活

予測符号化は、私たちの日常生活の多くの場面で役立っています。例えば:

  • 運転中の判断:
    • 他の車の動きを予測して運転することで、安全に運転できます。
  • 会話:
    • 相手が話している内容を予測しながら会話することで、スムーズなコミュニケーションが可能になります。
  • スポーツ:
    • 相手の動きを予測してプレイすることで、素早く反応できます。

ASDにおける予測符号化

ASDの認知行動的特徴を予測符号化の視点では次のように整理できます

精度の調整における柔軟性の欠如

ASDの人は、文脈に応じて予測エラーの「精度」(重要度)を柔軟に調整することが難しい場合があります。 つまり、些細な変化でも過剰に反応したり、重要な変化を見逃したりする可能性があります。 例えば、感覚入力の変化(騒音や触覚など)に過剰に敏感になったり、社会的な場面で微妙な変化を見逃すことがあります。

メタ学習の障害

ASDの人は、どの情報が重要で、どの情報が重要でないかを学習するメタ学習能力が損なわれている可能性があります。これは、ASDの人が環境の規則性の変化を過大評価し、ノイズと重要な変化を区別するのが難しい理由を説明するのに役立ちます。結果として、無関係な情報に気を取られたり、新しい状況に適応するのが困難になったりします。

文脈への依存度の低下

ASDの人は、予測を立てたり、予測エラーを処理したりする際に、文脈をあまり考慮しない傾向があります。 つまり、状況に合わせて行動を調整することが難しい場合があります。 例えば、ASDの人は、相手の表情や声のトーンなどの文脈情報を利用して、相手の感情や意図を理解するのが難しい場合があります。

感覚入力への依存度の向上

ASDの人は、過去の経験に基づく予測よりも、現在の感覚入力を重視する傾向があります。 これは、脳が感覚情報を過度に処理し、予測を更新するのが難しいことを意味します。 その結果、ASDの人は、感覚刺激に圧倒されたり、新しい状況に適応するのが困難になったりする可能性があります。

抽象化の障害

ASDの人は、具体的な詳細を統合して、より抽象的な表現を形成するのが難しい場合があります。 これは、ASDの人が全体像を把握するのが難しく、細部に集中しがちな理由を説明するのに役立ちます。例えば、顔全体ではなく、顔のパーツに注目してしまうことがあります。

社会的相互作用の問題

ASDの人は、予測符号化の異常に関連する多くの要因のために、社会的相互作用に困難を抱えている可能性があります。 例えば、顔や音声の処理、文脈の理解、予測の柔軟性の欠如などは、社会的コミュニケーションに影響を与える可能性があります。

反復的な行動

ASDの人は、予測エラーを減らし、予測可能な環境を作り出すために、反復的な行動をとることがあります。 例えば、同じ行動を繰り返したり、特定の物事に固執したりすることがあります。

予測符号化の仮説

ASDにおける予測符号化の仮説には次の2つのものがあります。

予測過程障害仮説 (Predictive Process Impairment Hypothesis)

出典:Pellicano & Burr (2012), Brock (2012)

予測過程障害仮説は、自閉症スペクトラム障害(ASD)の人々が、未来の出来事や感覚情報を予測するのが難しいと提案しています。彼らは過去の経験に基づいて「次に何が起こるか」を予測する能力が弱いということです。

  • ハイポ・プライアー仮説: この仮説では、ASDの人々は、物事がどうなるかという予想(プライアー)をあまり使わないため、予測が難しくなるとされています。例えば、いつもと同じ道を通って学校に行くときでも、周りの風景が毎回新しく感じるかもしれません。
  • 知覚の重み: ASDの人々は、実際に見たり聞いたりする感覚情報に非常に頼る傾向があります。これは、周囲の状況を予測するのが難しいため、現在の感覚情報をより重視するためです。

研究のエビデンス

  • 感覚プライアーの影響: 研究では、ASDの人々が感覚プライアー(過去の経験に基づいた予想)に影響を受けにくいことが示されています。これは、彼らが新しい情報に対して柔軟に適応しにくいことを意味します。

予測学習障害仮説 (Predictive Learning Impairment Hypothesis)

出典:Van de Cruys et al. (2014)

予測学習障害仮説は、ASDの人々が新しい予測を学習するのが難しいと提案しています。彼らの脳は、新しい情報に基づいて予測を調整するのが苦手で、そのために予測の精度が高すぎるとされています。

  • 予測誤差の精度: ASDの人々は、新しい情報に対して予測を修正する能力が低いため、予測の誤差が大きくなります。これは、新しいことを学ぶのが難しくなることを意味します。例えば、新しい友達との会話の中で、相手の反応を予測して適応するのが難しいかもしれません。
  • 文脈の精度調整の失敗: 予測誤差の精度を状況に応じて調整することができないため、ASDの人々は変化に適応しにくくなります。

研究のエビデンス

  • 動機付けられた予測学習: ASDの人々は、新しい状況や出来事に対する学習が難しいことが研究で示されています。例えば、恐怖条件付けの実験では、ASDの人々が普通の人よりも学習しにくいことが分かっています。

これらの仮説は、ASDの人々が予測を立てたり、新しい情報に基づいて学習するのが難しい理由を説明しています。予測過程障害仮説は、過去の経験に基づいた予測の使用に焦点を当てており、予測学習障害仮説は、予測を修正する能力に焦点を当てています。

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