DSM-5とICD-11におけるパーソナリティ症について

境界性パーソナリティ障害
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DSM-5およびICD-11におけるパーソナリティ症について、その歴史的背景と構造を解説していきます。

歴史的背景

DSM-IIIからDSM-IVまでの課題

1980年に発表されたDSM-IIIは、精神疾患の診断体系に大きな革新をもたらしました。特に多軸システムの導入により、パーソナリティ症(PD)を第II軸として独立させたことは、臨床的な事例概念化においてパーソナリティの重要性を強調する意図がありました。

しかし、このカテゴリカルな診断アプローチには以下のような問題点が存在していました:

  1. 複数のPD診断が重複して該当する「併存診断」の問題
  2. 同じPD診断でも症状の組み合わせが患者によって大きく異なる「異種性」の問題
  3. PDの閾値が恣意的で、科学的根拠に乏しい問題
  4. 「特定不能のPD」診断が過剰に使用される問題

これらの課題に対して、DSM-5の策定過程では次元的アプローチへの移行が検討されるようになりました。

DSM-5における代替モデルの導入

DSM-5作業部会は当初、従来のカテゴリカルな診断基準を完全に次元的なモデルに置き換えることを目指しました。しかし、この劇的な変更は臨床現場に混乱をもたらす可能性があり、また研究の継続性を損なう懸念もありました。

そこで妥協案として、DSM-5では:

  1. 第II部に従来のDSM-IVのPD診断基準を残しつつ
  2. 第III部に「検討中のモデル」として代替モデルを掲載する
    という二重構造が採用されることになりました。

代替モデルの構造

基本的な考え方

代替モデルは以下の2つの主要な要素から構成されています:

  1. パーソナリティ機能の障害(基準A)
  2. 病的パーソナリティ特性(基準B)

この2軸による評価は、「障害の重症度」と「表現型としての特徴」を区別して捉えることを可能にします。

基準A:パーソナリティ機能の障害

パーソナリティ機能の障害は、自己機能と対人機能という2つの中核的な領域で評価されます。これらの機能は、健康的なパーソナリティの発達と維持に不可欠な要素とされています。

自己機能の評価

1. アイデンティティ
  • 境界の安定性:自己と他者の境界がどの程度明確か
  • 自尊心の安定性:自己評価がどの程度一貫しているか
  • 感情調節能力:感情をどの程度適切にコントロールできるか
  • 自己反省能力:自分自身をどの程度客観的に観察できるか
2. 自己方向性
  • 現実的な目標設定:達成可能な目標を立てられるか
  • 建設的な活動:目標達成に向けて効果的に行動できるか
  • 内的な基準:自分なりの価値基準を持っているか
  • 意味ある人生:人生に意味や目的を見出せているか

対人機能の評価

1. 共感性
  • 他者の感情理解:他者の感情状態を認識できるか
  • 他者の視点理解:異なる視点を理解し受け入れられるか
  • 他者への影響の認識:自分の行動が他者に与える影響を理解できるか
2. 親密性
  • 深い関係形成:持続的で親密な関係を築けるか
  • 協力と親密さ:他者と協力し、親密な関係を維持できるか
  • 相互性:Give and Takeのバランスが取れているか

これらの機能は「パーソナリティ機能尺度(LPFS)」を用いて0(健常)から4(重度の障害)の5段階で評価されます。

基準B:病的パーソナリティ特性

基準Bは、個人のパーソナリティの表現型を5つの広域特性領域と25の下位特性で記述します。

1. 否定的感情性(Negative Affectivity)

  • 情緒不安定性:感情の急激な変動
  • 不安性:緊張や心配が強い
  • 分離不安:見捨てられることへの恐れ
  • 服従性:他者への従属的な態度
  • 敵意:怒りや攻撃性の傾向

2. 離脱性(Detachment)

  • 引きこもり:社会的接触の回避
  • 親密性の回避:親密な関係からの回避
  • 無快感症:喜びや楽しみの欠如
  • うつ病性:抑うつ的な気分や考え
  • 制限された情動:感情表現の乏しさ

3. 敵対性(Antagonism)

  • 操作性:他者を自分の目的のために利用
  • 虚偽性:嘘をつくことや詐欺的行為
  • 誇大性:自己の重要性の過度な評価
  • 注目欲求:過度な注目への欲求
  • 冷淡性:他者への共感の欠如

4. 脱抑制性(Disinhibition)

  • 無責任性:約束や義務の軽視
  • 衝動性:考えなしの行動
  • 気の散りやすさ:注意の維持困難
  • リスクテイキング:危険な行動への傾向
  • 硬直的な完璧主義の欠如

5. 精神病性(Psychoticism)

  • 異常な信念:非現実的な確信
  • 奇異な体験:非日常的な知覚体験
  • 認知・知覚の異常:思考や知覚の歪み

評価方法の特徴

特性の評価には主にパーソナリティ目録(PID-5)という質問紙が用いられます。これは:

  • 220項目の自己報告式質問紙
  • 25の特性尺度を測定
  • 0-3の4段階で評価
  • 臨床的に意味のある閾値が設定されている

特性の組み合わせパターンにより、従来の特定のPD診断(例:境界性PDなど)との対応も可能です。

このように基準AとBを組み合わせることで、パーソナリティ症の:

  1. 重症度(機能障害の程度)
  2. 表現型(特性のパターン)
  3. 臨床的な意味(従来の診断との対応)

を多面的に評価することができます。この包括的なアプローチにより、より個別化された治療計画の立案が可能になると期待されています。

ICD-11の新しいアプローチ

1. 診断の基本構造

一般的診断要件

自己機能の障害と対人関係機能の障害を中核的な特徴として評価します:

自己機能における障害

  • アイデンティティの一貫性の問題
  • 自己価値感の不安定性
  • 自己理解の歪み
  • 目標設定と達成における困難

対人関係機能における障害

  • 関係形成能力の制限
  • 他者理解と共感の困難
  • 親密な関係の維持における問題
  • 対人的な葛藤への不適切な対処

2. 重症度評価システム

新システムでは、以下の3段階で重症度を評価します:

軽度パーソナリティ症

  • 一部の領域での機能障害
  • 現実検討力は概ね維持
  • 社会生活への影響は限定的

中等度パーソナリティ症

  • 複数領域での顕著な障害
  • 時に現実検討力の低下
  • 社会生活に明確な支障

重度パーソナリティ症

  • 広範な機能障害
  • 重度の現実検討力の低下
  • 深刻な社会的機能の障害

また、診断閾値未満の「パーソナリティの困難さ」というカテゴリーも設定されています。これは予防的介入や早期支援の観点から重要な意味を持ちます。

3. 特性領域(Trait Domain)

ICD-11では、パーソナリティの特性を5つの主要な領域で評価します。これらの特性領域は、個人のパーソナリティの表現型を包括的に記述するために用いられます。それぞれの特性領域について、詳しく見ていきましょう。

1. 否定的感情性(Negative Affectivity)

中核的特徴
  • 情動の不安定性
  • 不安・恐れの体験
  • ストレス脆弱性
具体的な表現形
  • 感情的な反応の強さと変動性
  • 慢性的な不安と心配
  • 自己評価の低さと不安定さ
  • 抑うつ的な気分の持続
  • 激しい怒りの表出や感情爆発
  • 些細なストレスでの混乱
対人関係における影響
  • 関係性における不安定さ
  • 過度な承認欲求
  • 見捨てられ不安
  • 依存的な態度

2. 離人性(Detachment)

中核的特徴
  • 社会的引きこもり
  • 情緒的な距離感
  • 快感の減退
具体的な表現形
  • 対人関係からの回避
  • 親密な関係形成の困難
  • 感情表現の制限や平板化
  • 快楽や興味の著しい低下
  • 孤立への志向性
社会生活への影響
  • 職業的な機能の制限
  • 社会的ネットワークの狭小化
  • 親密な関係の欠如
  • 社会的活動への無関心

3. 反社会性(Dissociality)

中核的特徴
  • 共感性の欠如
  • 他者への無関心
  • 社会規範からの逸脱
具体的な表現形
  • 他者の権利や感情の無視
  • 操作的な対人関係
  • 誠実さや責任感の欠如
  • 攻撃性や敵意の表出
  • 自己中心的な態度や行動
社会的影響
  • 対人関係の破綻
  • 法的問題やトラブル
  • 職業的な不適応
  • 共同体からの孤立

4. 脱抑制(Disinhibition)

中核的特徴
  • 衝動性の高さ
  • 計画性の欠如
  • 即時的満足の追求
具体的な表現形
  • 考えなしの行動
  • リスクテイキング行動
  • 責任ある行動の困難
  • 注意・集中の問題
  • 計画立案と実行の困難
生活への影響
  • 金銭管理の問題
  • 危険な行動への従事
  • 社会的責任の放棄
  • 対人関係の不安定さ

5. アナンカスティック特性(Anankastia)

中核的特徴
  • 完全主義
  • 規則への固執
  • 制御への過度な関心
具体的な表現形
  • 細部への過度なこだわり
  • 規則や道徳への厳格な態度
  • 柔軟性の著しい欠如
  • 秩序や整理整頓への執着
  • 思考の硬直性
機能への影響
  • 課題完了の遅延
  • 対人関係での軋轢
  • 意思決定の困難
  • 変化への適応の問題

特性領域の組み合わせと評価

これらの特性領域は単独でも、また複数組み合わせても現れることがあります。例えば:

  • 否定的感情性と離人性の組み合わせ:内向的で不安が強い表現型
  • 反社会性と脱抑制の組み合わせ:衝動的で攻撃的な表現型
  • 否定的感情性とアナンカスティック特性の組み合わせ:不安と完全主義的な表現型

臨床家は、これらの特性領域を詳細に評価することで、個々の患者の特徴をより正確に把握し、適切な治療計画を立てることが可能になります。また、特性の強さや組み合わせのパターンは、時間とともに、あるいは治療の過程で変化する可能性があることにも注意が必要です。

4. 境界性パターン指定子

臨床的有用性を考慮して、従来の境界性パーソナリティ症に相当する特徴を示す場合に使用できる「境界性パターン指定子」が設けられています。

主な特徴:

  • 感情制御の著しい困難
  • 顕著な衝動性
  • 対人関係の著しい不安定性
  • アイデンティティの深刻な混乱
  • 自傷行為のリスク
  • 強い見捨てられ不安
  • 慢性的な空虚感
  • 解離症状
  • ストレス関連の一過性の妄想様体験

究者、そして何より当事者の方々の協力が不可欠です。共に歩みを進めていきましょう。

まとめ

最後にDSM-5とICD-11のパーソナリティ症の比較をしてみましょう。

DSM-5の二重構造

DSM-5は、以下の2つのモデルを併置する形を取っています:

  1. セクションII(従来モデル)
  • カテゴリカルな診断体系の維持
  • 10個の特定のパーソナリティ症
  • 具体的な診断基準の列挙
  1. セクションIII(代替モデル:AMPD)
  • ディメンショナルな評価の導入
  • パーソナリティ機能の評価
  • 特性領域による記述
  • 6つの特定の障害タイプ

この二重構造は、臨床実践と研究の連続性を保ちながら、新しい理解を導入しようとする試みと言えます。

ICD-11の革新的アプローチ

ICD-11は、より抜本的な改革を行っています:

  1. カテゴリカルな分類の完全な廃止
  2. 重症度による3段階評価
  3. 5つの特性領域による記述
  4. 境界性パターン指定子の追加

この改革は、より実証的な基盤に基づく診断を目指すものです。

両者の比較と特徴

共通点

  1. 否定的感情性、離人性、脱抑制は両システムで類似した概念として扱われている
  2. 特性は階層的な構造を持つ
  3. 複数の特性の組み合わせによる記述が可能

相違点

  1. DSM-5の精神病性に対して、ICD-11ではアナンカスティック特性を採用
  2. DSM-5は敵対性、ICD-11は反社会性という用語を使用
  3. DSM-5はより詳細な下位特性面を設定
  4. ICD-11はより単純な構造を採用

参考文献

  1. Krueger RF, Hobbs KA. An Overview of the DSM-5 Alternative Model of Personality Disorders. Psychopathology. 2020;53:126-132.
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